ここに在らず。



「あぁ。ただいま」


なんていつも通りな顔をして言う彼は、ソファに座る私の元へと真っ直ぐにやって来て、私の頭の上にポンと優しく手を置いた。


「大丈夫か?ごめんね、すぐ帰って来れなくて」


そう言って彼は、私の視線と自分の視線を合わせるように前屈みになり、その瞬間彼の灰色の瞳一杯に私が映りこんで…私はその時、久し振りにそれを見たような、そんな感覚に陥った。

…でも、久し振りなんかでは無い。トウマさんはずっと私を見ていてくれていた訳で、それはナツキさんも同じでーー、私は一人、心の中で感慨深く思う。きっと今日のナツキさんの言葉で、私の中で何かが変わったからだろう。だからそんな風に感じるんだ。


すると、しみじみと感傷に浸る私の耳に、「いやいや、十分早いっつーの」なんていうナツキさんのぼやきが聞こえて来て…その瞬間、私はハッと我に返った。


「い、いえ、トウマさん。お仕事の方は大丈夫だったんですか?こんなに早くて…」