「佐伯、さん…」
驚いたような奏多の声。そんなことにまで動揺してしまう。え、なにこれ。奏多の弱みに付け込んでるの?
「あの時は、いきなりキスなんかしてごめんなさい。でも、秋村くんが好きなんです。」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない!!
ジワリと涙が溢れてきた。あんなに自分の気持ちをハッキリ打ち明けたのも、佐伯さと美さんだから?キスしたことがある、佐伯さと美さんだから?
「俺はーーー」
奏多のその先が聞きたくなくて。聞いたら佐伯さと美さんが嫌いになってしまいそうで。
佐伯さと美さんと奏多の関係を発展させたくなくて、あたしは携帯に手を伸ばした。
「んあ、よく寝たぁ~」
まるで今起きたかのようにヘニャリと笑って、慣れている『可愛い結衣ちゃん』を演じた。
なんにも聞いてなかったあたし、たった今起きたあたし、いつも通り天然なあたし。ちゃんと、うまくできてる?
「…結衣。」
携帯を見ていたあたしを呼ぶ、奏多の声。ゆっくり隣を見るけれど、内心は焦りとか動揺とか不安でいっぱいいっぱいだ。
奏多の方を見ると、いつもみたいな優しい笑顔があって、バレてないんだって確信した。寝たふりしてたなんて、思わないだろうな。
「奏多、委員会は?」
全部知っているのだけれど、あえてアクビをしながら奏多に聞いてみる。
「今終わって迎えにきたところ。」
ーーーうそつき。
普通に、眉一つ動かさずに自然に嘘をつく優しい奏多に、膨らんでいく黒いモヤモヤ。
「今日はずいぶん遅いんだね。」
「なかなか意見出なくて、麻紘に愚痴ってた。」
うそつき。あたし、知ってるんだから。
「帰ろ?」
「あ、秋村くん!!メール、するから。」
佐伯さと美さんと話していたこととか、奏多の本当の気持ちとか、全部知ってるんだよ?
佐伯さと美さんの言葉に、奏多は反応しなかったけれど。下校途中、奏多のスマホがバイブレーションして、偶然見えた『佐伯さと美』という文字に、無性にイライラした。
佐伯さと美さんと仲良いの?なんて、聞きたくても聞けなかった。関係ないだろって言われたら、返す言葉無いもん。
奏多との距離ってこんなに遠かったっけ?

