あたし、猫かぶってます。



 「悪い、棗。かけ直す。」

 そう言って、電話を切ってーーあたしを真っ直ぐに見つめる早瀬。1ヶ月振りに、こんな近くに居るような気がする。


 早瀬への気持ちが薄くなったとはいえ、完全に風化させるなんてやっぱり無理で、そもそも1ヶ月でどうこうなるような中途半端な気持ちじゃなくて。現に、戸惑っているあたし。


 「ひ、久しぶり~!」

 どうやらあたしは猫をかぶる演技は上手くても、自然に話したりする演技は下手くそみたいだ。こうやって、不自然な話し方したら、かえって怪しまれてしまう。


 「久しぶり、」

 1ヶ月振りにした早瀬との会話は、あまりによそよそしいもので、治まったはずの胸の痛みが、ぶり返してきた。


 「元気そうで、良かった。ごめんね、話さないって言われていたのに、こんなところ来て。」

 そう言いながら、アハハと空笑いすると、早瀬は早瀬でめちゃくちゃ無理してますって感じの笑顔で、あたしに笑いかける。


 「俺、棗と付き合っているんだ。」

 知ってるよ、とっくの昔に、奏多から聞いたもん。どれだけショックだったと思ってんの、って、あたしには傷付く資格無かったんだ。


 「結衣を諦めて、棗を大切にすることを選んだんだ。」

 切なそうな表情の早瀬の、次の言葉を聞くのが怖い。あたしは鈍感じゃないから、この早瀬の表情の意味が分かる。


 きっと早瀬はまだーーー吹っ切れてないんじゃないの?だからそんな表情なんじゃないの?

 困る。あたしは早瀬を早く忘れなきゃいけないから、きっと次の言葉を聞いたら、また前に戻ってしまうから。




 「諦めたから、もう好きじゃないからーーまた、前みたいに戻りたい。」

 ほらね。だから、聞きたくなかったんだよ。