「葵、可愛い」
「うるさい」
「こっち向いて」
「……やだ」


くすくすと漏れるその声に、ただただ悔しくて
絶対に振り向いてやらないと思った。


瑛太はそれ以上せがんでくることはなくて、
ただ後ろから抱きしめる腕の力を、少しだけ強める。



「俺ね……

 小さい頃、母親に捨てられてんの」


「………え…?」



予想外の言葉に、思わず顔だけ振り返った。

目が合った瑛太は、ほんの少しだけ複雑そうな顔で微笑んでいて、
ちゅっとおでこにキスを落とすと、言葉を続けた。



「俺が9歳の頃、夜中に出て行こうとする母親に気づいて……
 子どもながらに不安に思いながら引き留めたけど、母親は泣きながら俺の手を振りほどいて出て行った」



(お母さん、どこ行くの?)
(瑛太……。ごめんね……ごめんねっ……)
(おかあさんっ!!)


ドアを閉められてから、急いで父親のもとへ行ったら、



「母さんは、お前を捨てて、好きな男のとこへ行ったんだ。……って」