私は俯いた。きっと彼に、嫌われてしまった。軽蔑してるんだろう。
「も、もう二度と来ません。私、もう立岡さんに付きまとうの止めます。
本当にごめんなさい…」
涙が溢れるのが分かった。
最初のチャンスは、最後のチャンスとなってしまった。
しかも、彼に嫌われるという最悪の結果で。

立ち上がって、出入り口に向かおうとした私の腕を、別の腕がつかんでいた。
え?
振り返ると、立岡さんが困ったような顔をしていた。
「あのさ」
何を言われるんだろう。どんな非難の声が聞こえるんだろう。
私は身を固くした。
だけど、彼の口から出た言葉たちは、
私を困惑させるものだった。

「君がストーカーなら、俺もストーカーなんだけど」
「え?」

「君があそこにいるようになって、気になってたんだ。こんな冬の日に寒くないのかな、中に入らないのかなって」
彼の声は穏やかだけど、時々早口になる。
「何度か、声をかけようとしたんだけど、その、出来なくて」
彼の頬がちょっとだけ赤いのは、暖房が強いせいだろうか。
「君がいつも飲んでるコーヒーの銘柄が気になったりして、この間確認出来たときは本当に嬉しかった」
コーヒーのメーカーなんて、考えてなかった。
そういえば、いつも同じのばっか飲んでたなあってぼんやり思った。
確認、してたなんて…!
「君が寒そうにしてるのが見てられなかったから、声かけたんだけど」
今日の出来事が偶然じゃなかったことを知った私は、ただ目をパチパチさせることしか出来なかった。
頭の情報処理が追い付かない。
「まさか、気になる子からストーカー宣言されるなんて思わなかったな」
はは、と彼はゆるく笑った。
どうやら、彼の意識の中に私は存在してるらしい。
それが分かっただけで嬉しかったのに。

「よかったらストーカー同士、仲良くしませんか?」
さらに彼は右手を差し出してそう言ってくれた。

実ったことなんてなかった恋が始まろうとしている。
それだけのことで泣き出す私の頭を、彼が撫でてくれた。



【終わり】