愛 其の弐




隙間風が入り込み、冷気を感じ取った身体がぶるりと震えた。

ゆっくりと瞳を開ければ薄明かりが襖から漏れている。

朝を迎えたようだ。

ぼんやりとした思考回路のまま、上半身を起こし伸びをして、欠伸。



「あふぅ」



首を左右に何度か捻り、何をするでもなくぼうっとしていた矢先だった。

どどどど、と此処に来てから聞いたこともないような廊下を全力で走ってくる音が聞こえ、それは徐々に此方に向かい、この部屋の前で止まった。

襖に人影が映ったかと思ったのも束の間、すぱん、と音を立てて襖が開けばそこには少年が立っていた。

と言っても逆光で顔も何も見えない。

文字通りぽかん、とした顔をしたまま眺める事しか出来ない私目掛けて、少年は飛びついてきた。



「やっと会えたのう! 其方に会いとうて会いとうて、仕方なかったぞ!」



首元に腕を回され、頬周辺にぐりぐりと頭を擦り付けられる。

かと思えば、放心している顔を両頬を掴んで引き寄せ、ほぅ、と感嘆の息を着く。



「その呆けた顔も愛らしい。うむ、愛いのう、愛いのう」



ちゅ、と鼻の頭に接吻をされ少年はにんまりと笑った。

誰に状況の説明を切に願ったのはこれが初めてかも知れない。

玉の様に透ける白い肌に、白銀の髪、真紅の瞳。

愛い愛い、と繰り返し言葉にする上機嫌な少年の説明を、誰か。



「若様、若様ぁ!」



願いが通じたのか否や、開ききった襖から薄手の着物を羽織った男が現れた。

私と少年を交互に見て現状を把握したのか盛大な溜息を吐いた。



「若様、後ほど逢瀬のお時間を、と申してあったでしょう。どうしてこうも勝手にちょこちょこちょこちょこ、と! お咎めは全部私に来るのですからね。従者失格だとか、若様に甘いからとか、もう針の筵になるのは御免です」



文句を垂れ流しながら、部屋に踏み入り、少年の首根っこをむんずと掴む。



「あ、こら、離さんか! やっと会えたばかりだと言うのに、これ、波津(はつ)! 離せ」

「挨拶回りを終えられてからです。それからならいくらで構いませんから」

「波津!」



ずるずる、と引きずられる様にして部屋を出て行く様を、呆然を眺める。



「……姫! 一時の逢瀬、嬉しく思うぞ。また会おう」



ひらり、と手の平が襖から覗いたのを最後。

怒涛の少年の訪問が幕を閉じたのだった。