≪聖週間の思い出≫
【キャラメル・ポワール】

キャラメルソースで洋梨を漬け込みキャラメルムースの中に入れ込んだキャラメルポワールを夢の中の母が作って食べさせてくれた。
レモンスライスを添えたアイスティーを一緒に出されたのでそれも食べた。
「むにゃむにゃ……もう食べれないよ」
ごとっとベッドから落ちて目が覚めた。
セリカは頭を掻いて起き上がった。
「おはようお父さん」
「おはよう」
リビングで新聞を読んでる父の後ろを通る。
今週末はイースターだ。
イースター・ウィークの記事が書いてあった。
セリカは学校に行く準備を済ませ、家を出た。
「今日はあたたかいなあ」
もうすっかり春だ。桜並木の通りを通って登校した。そして授業も終わって下校する。
三時のお茶の時間に家に着いて居間に座る。
「エリカおばあちゃん」
曾祖母の名前を呼ぶ。曾祖母は「はいはい」と言うと、煎餅とお茶を出してくれた。
それを曾祖母と一緒に食べる。
「お母さんが帰ってくるそうですよ。外国は今週末イースターでお休みなんですって」
「本当?」
「ええ、本当ですよ」
予想してない母の帰宅にセリカは喜んだ。
春の午後の穏やかなひととき、ほどなく玄関のベルが鳴る。
噂をすれば影、母が帰ってきた。
「お母さん!」
「ただいま」
「お母さんのキャラメル・ポワールが食べたいなあ」
「セリカは食いしん坊ですねえ」
今朝見た夢の続きが見たくて。
母は優しく微笑んだ。


【スズラン・エリカ】

「エリカおばあちゃんの名前の由来ってあるの?」
夕方、母と曾祖母が夕食の支度をしながら食器を並べるセリカが聞いた。
「おばあちゃんの名前はスズランエリカってお花からつけられたのですよ」
そうしてテーブルのスズランエリカの鉢植えを眺めた。
母が土産に持ってきたものだ。
「やっぱりお花のエリカから来てるのかあ」
セリカもスズランエリカを眺めた。
「きれいなお花だよね」
「エリカおばあちゃんの実家にたくさん植わっていてね、この花を見ていると昔を思い出しますよ」
曾祖母はにこにこしながら夕食のカルパッチョとおさしみを並べる。
「新鮮なお魚はおさしみに、ちょっと生臭そうなものはカルパッチョにしましたよ」
セリカは右手におさしみ、左手にカルパッチョのお皿を持って見比べた。
「カルパッチョにすると味が誤魔化せるよね」
「そうですね。ではいただきましょう」
「いただきまーす!」
そうしてスズランエリカを囲んで夕食を楽しんだ。
「ただいま」
「お帰りなさい」
ご飯のおかわりをしていると海運会社に勤めている父が帰宅した。
暮れなずむ時間に一家の団欒を楽しむ。
時間だけが穏やかに過ぎていく。
それはとても楽しいイースター・ウィークのはじまりだった。



【聖週間の思い出】
幼稚園の頃に離ればなれになった母が中学三年の聖週間に帰ってきた。
その年のイースターは決算期と被るので経済がどうなるかとか父が読んでいた新聞に書かれていた記憶がする。
母は敬虔深いが、そういったことを娘のセリカに押し付けるようなことは一切せず、ただ一緒に、母の国で聖週間と呼ばれる日々をゆっくり過ごした。
母はセリカが夢にまで見たキャラメルポワールを作ってくれて、ラベンダーと苺とルバーブの冷たいフレーバードティーと一緒に出してくれた。
イースターが終わったら母は母の祖国に帰ってしまうだろう。
でもまたセリカに会いに来てくれると約束してくれた。
母の仕事は一段落ついて最近は少しゆとりがあるみたい。
これはあるイースター・ウィークの年の少女の思い出。
セリカはどんな大人になるのだろう?
そう自問自答する。優しい母のような歳になる頃にはどういう女性になるのだろう。
キャリアウーマンの母のように多忙な仕事盛りの日々を過ごすのだろうか?
それとも結婚して子供と一緒に過ごすのだろうか?
母との再会は十五歳を迎えたばかりのセリカの忘れられない思い出。
誕生日の贈り物として絹で作られた純白の綺麗なドレスを母がくれた。
母が十五歳の誕生日にもらったものと同じものだ。そうしてセリカにおめかししてくれる。
かつて母も思ったかもしれない。自分が見違えるように綺麗に変身したと。
キャベツ畑で育ったいもむしが蝶々として羽ばたく瞬間を。
母は宗教的なことは何も口にせず、セリカの国の宗教を尊重していたのだろう。
絹のような優しい手触りの母はセリカにとって生涯忘れられない思い出をくれた。
これはセリカの絹のような思い出。
その思い出は絹のような柔らかさで周囲をつつみこんでくれる少女の記憶。
母の優しさに触れて想うやわらかな気持ち。