【庭の桜】
Celica.Dill.Sakuraba
2014.4.13...start



【戦乙女の夢世界〜庭の桜が散る頃〜】
桜の花が咲く頃、戦乙女ロスヴァイセは夢世界をユリアンと旅していた。
夢世界とは一種のパラレル世界だ。
無限に広がるパラレル世界である日、事故が起こった。
ユリアンの姉リーザが人生につきもののアクシデントというやつで妊娠して女の子を産んだのだが、その女の子が光の波に飲み込まれてしまったのだ。

その子の行き先は現実世界の両親の枕元に突如現れた。
赤ちゃんの泣き声で目を覚ませたリーザとヘンリは思わず布団から飛び起きて赤ちゃんをあやした。

「どうして赤ちゃんが枕元にいるのかしら?」

リーザが赤ちゃんをあやしながら困惑する。
「あれじゃね?オレらに子供が出来ないからコウノトリが運んできたんじゃね?」
ヘンリは冗談まじりでリーザに言う。
リーザは思わず笑ったが、結局、赤ちゃんは二人が育てることになり、二人の子供になった。
名前は櫻庭芹華、フルネームをセリカ・ディル・サクラバとして役所に届け出た。
四月十三日、日曜日の夜中にセリカは現れた。庭には夜桜が舞い、突如赤ちゃんの夜泣きで目が覚めた同棲中の恋人たちの枕元に、確かにセリカは現れたのだった。
赤ちゃんはすくすく育ち、リーザとヘンリが仕事などの都合で別居してからは、なるべくセリカの環境は変えない方が良いだろうということで、ヘンリの実家で育てられた。
金髪をおさげに結って朝、セリカはなめこの味噌汁を飲みながらヘンリに言った。
「お母さん元気かなあ?」
ヘンリはセロリとキュウリの浅漬けをご飯に乗せて食べるとセリカにこう言った。
「母さんは仕事が忙しいみたいだけど元気みたいだな」と。そして続けた。
「母さんがいなくて寂しいか?」
「お母さんのお母さんはお母さんが十五歳の夏に死んだんだって。だから生きているだけわたしの方が幸せだからいいよ。セリカも今十五歳だけどお母さん、生きているもの」
そうしてアンニュイな面持ちでため息をつく。
「じゃあ、学校に行くね」
セリカは学生カバンを取って学校へ走った。
校門の桜が舞う中、中学校に駆け込む。すぐにチャイムが鳴る。
「ぎりぎりせーふ!」
セリカは呼吸を整える。
だけど授業の数学は眠たくて眠たくてまぶたをとじて夢の中へ。
中学三年生に進級したばかりのセリカは朝から睡眠学習。
夢の中で桜並木の街にいた。
でも桜は咲いているけれど、街は外国で、来たこともない街だった。セリカは桜並木に沿って歩いていくと湖の城に着いた。
「何故だろう、とても懐かしいなー。それにとてもきれいなお城だなあ」
そんなことを思いつつセリカは湖のほとりで釣りをしている少年に呼び止められて振り向いた。
「ああ、良かった、やっと巡りあえた」
金髪碧眼のまるで天使のように笑う少年。
「あなたは誰?わたしを知っているの?」
セリカは少年に近づいて水面を見た。とても澄んだ湖のほとりで。
「僕はオーディン、ここは君の本当の故郷だよ、おかえり、セリカ」
そうしてまた天使のように微笑んだ。
「まあ、城の中に入ろう」
オーディンにエスコートされてセリカは城に入る。なんだろう意識がもうろうとしてめまいがする。
次の瞬間にセリカは意識を失った。

次の目覚めは歳は四十歳くらいの、セリカの母親らしきメイド姿の女性におでこを冷やされながら目を覚ました。
「……うーん……リーザお母さん?」
「そうですよ。セリカは熱を出していたの」
そうして母親は優美に微笑む。
「お母さん、会いたかったよ!」
セリカは涙ぐんだ。どれだけ母親が恋しかっただろうか。母親とは幼稚園の頃に離ればなれになったままだったのだが、一目みて自分の母親だと分かった。
「お母さん、お母さん!」
相変わらず意識はもうろうとしていて、でもなんともいえない懐かしさに嬉し泣きして。
でもそこで頭を教科書ではたかれる音で我に返った。
「櫻庭さん、起きなさい!」
「むにゃむにゃ……あれ?」
周囲からどっと笑い声が聞こえた。
そうしてセリカはポリポリと頭を掻くと姿勢を糺した。
「櫻庭さーん」
「なーに?」
セリカは下校間際にクラスメイトから呼び止められて振り向いた。
ふと雑音が消える。そして気づいたら霧の中を歩いていた。
「あれ?」
なんとか霧の中を抜け出すと、授業中にみた城の中に出た。
「はて?」
ふと目の前の男性と目が合った。金髪の巻き毛の青年は仕立てのよいスーツを着て優美に微笑む。
「セリカ?」
「うん」
青年に名前を呼ばれて頷くと、青年は手を取った。
「俺はユリアン」
「ユリアン、ここはどこ?」
「ここは天国だよ」
「はい?」
ユリアンは確かに天国だと言った。
「ああ、一昔前に流行った幽体離脱ってやつ?」
セリカはふざけて返答するのでユリアンは笑うと「まあ、そんなところ」と返してセリカに辺りを案内した。
「ここが君の部屋」
まるでお姫様が住むようなきれいな部屋に連れていかれた。
「きれいなお部屋」
セリカはそう呟くとブレザーの襟を緩めた。
「まあ、ゆっくりしていってくれ」
「うん」
他に返事のしようがない。セリカは椅子に座るとユリアンははにかんで立ち去った。
「……天国?」
そうしてセリカは自分の頬を叩いた。痛い。どうやら夢ではないようだ。
別に今までの生活に不満があったわけではない。
だけどこの世は現実離れしすぎていて……。
しばらくボーッとしているとノックの音が聞こえたのでセリカは「どうぞ」と返した。
メイド姿の母親が入ってきてマカロンとフレーバードティーのマリアージュをだしてくれた。
「お母さん!」
「どうしたのですか?」
母はお菓子を食べながらセリカの顔をまじまじと見たのでセリカはお茶のカップをソーサに置くと訊ねた。
「お母さんも死んじゃったの?」と。
母は微笑んで「生きていますよ」と答えた。
「生きているのに天国に来れるの?」
「話せば不思議なお話ですけれど、そういうこともあります」
そうしてユリアンのようにセリカの手を取り、撫でてくれた。
「お母さんはここで何をしているの?」
「色々なお手伝いをしています」
母は真面目な顔でそう答えた。

なんだか頭がぼんやりする。
日曜日のブランチをセリカは母親と一緒に食べて一息ついたが、やっぱり頭がぼんやりする。
そして我に返った時、セリカは現実世界にいた。
「あれ?お父さん?」
「どうしたんだ?」
そこには父の顔、思わず母の姿を探したがどこにもいない。
「お母さんは?」
父はポカンとして「母さんなら母さんの国にいるはずだぞ。大丈夫か?」と返した。
「あれ……?」
セリカは再び頭を掻くと姿勢を糺した。
「最近おかしなことが起こるの」
「おかしなこと?」
父はセリカにコールスローを渡すとセリカはそれを受け取りながら話し出した。天国の話のことを。
「あー!」
ふいに父は手を叩いた。
「お父さん、どうしたの?」
セリカは不思議そうな顔をして父に訊ねる。
父は状況が掴めたのかゆっくり話し出した。父の昔話だ。
「父さんと母さんがセリカに巡り会う前に不思議な戦争があったんだ。そしてその不思議な戦争はある日突然終わった。戦争が終わったので、父さんは母さんを誘って父さんが生まれたこの国に来て、セリカを授かった」
「戦争?」
「その不思議な戦争は悪魔と天使が出てきたんだけど、ある日を境に両方消えたから戦争は終わったんだ。なんでも昔の人が天使と悪魔を作ったとかなんとか」
「え、ちょっとわけわかんない」
セリカは頭を掻いた。
「父さんにもよくわからない話だよ。そういった話は母さんが詳しいけど、今いないしな」
「お母さんは天国にいたよ?」
「へ?」
セリカはもう一度父に言った。
「お母さん、天国にいて一緒にさっきまで食事していたの。その、わたしと」
父は箸を落とした。
しばらく二人でポカンとしていると、父は立ち上がって国際電話をかけた。
「母さんに取り次いでもらうから出なさい」
「うん」
セリカも立ち上がる。そうして母と電話した。
「ねえ、お母さん、さっきまでわたしと一緒にいたよね?」
セリカは電話の向こうの母に訊ねる。
「お母さんなら外国にいますよ」
「?」
セリカは首をかしげた。じゃあさっきまでいた母は誰なのだろう。その話と、さっき父がした不思議な戦争の話をすると母も何かを感じたようで、セリカに説明した。
「それならセリカは夢の世界にいたのですよ」
そう言われるとまさに夢の世界にいたような気持ちになった。
「夢の世界って言われると納得しちゃうかなあ」
母は不思議な話を娘にした。

昔話だ。昔、セリカの祖父が悪魔に魅入られていたこと、悪魔と相討ちになって消えたこと、祖父が地獄に堕ちそうになったときに戦乙女が現れて祖父とおじのユリアンと母の従兄のハーディンを救ってくれたこと。
彼ら三人は戦乙女と一緒に旅立ったこと。
彼らは今でもどこかに生きているはずだと母は答えた。
「それがお母さんの戦争の話?」
セリカはひととおり説明を受けて母に訊ねた。
「そうですよ。それも十五年も昔の話ですよ」
「わたしが生まれた前の話?」
「そうね」
「そっか」
ユリアンなら会ったし、それに最初に出会ったオーディンの末娘がその戦乙女ロスヴァイセだとわかるとあそこは確かに天国だったのかもしれない。
「なんだか、ちょっとだけ状況が分かったよ。ありがとうお母さん」
セリカは母にそう告げると受話器を置いた。
心配そうに見ていた父にセリカは答えた。
「私がお母さんの家族に会えたということは、お母さんの家族がわたしになにか話したいことでもあったのかもしれないね」
セリカはにこやかに微笑んだ。
父はこう返す。
「みんなセリカのことが気になるんだよ」と。
確かに父の言う通りかもしれない。
それとともにセリカは自分がとても家族に愛されていて、とても心配されていたのだと知った。
最後に残ったのはとても優しい、不思議な気持ち。
とてもあたたかで、幸せな気分になれる穏やかな気持ち。
見方を変えればそれは母の家族の亡霊かもしれないが、全然怖くなくて、セリカにはもっと温かいもの。
次、会った時は、もっとあたたかな気持ちで彼らを迎えようと思う。
それは庭の桜が散る頃、セリカが見た戦時下に散った桜の話だ。
セリカは不思議な気持ちで散り行く庭の桜を見上げた。