大きな音を立てて扉を閉める。
結城は帰っていない。
部屋の中は真っ暗だ。
玄関で乱暴にスニーカーを脱ぎ捨てて、そのまままっすぐ自分の部屋に入った。
ベッドに鞄を投げ、暗闇で立ち尽くす。
暑苦しい。
ゆきは、拓海の言葉を聞くと黙った。
聞いてはいけないことを聞いてしまったという、そんな顔をしていた。
拓海は「忘れて」と言い、二人は黙々と仕事をし、そして帰った。
ゆきを友達のマンションまで送る途中も、一言もしゃべらなかった。
話したことを後悔してるだろうか。
拓海は自分に問いかける。
心臓を削られたような、そんな感覚。
それから、安堵。
ゆきは拓海の闇から身をひくだろう。
もう拓海の中に入ってこようとはしないだろう。
それは拓海が望んでいたことだ。
バタンと大きな音がして、玄関がしまる音がした。
拓海ははっとして顔をあげる。
部屋から出てリビングの電気をつけると、結城が部屋にはいってきた。
そのままソファに倒れ込む。
「おかえり」
拓海は声をかけた。
返事はない。
「どうしたの?」
「どうもしない」
クッションに顔をうずめた結城が、ぐももった声で返す。
「なんかあったの?」
拓海はリビングに出て、結城の側に立つ。
「……振られた」
「へえ」
「へえって、それだけ?」
「だって、誰にでもあることだろう?」
「俺にはない」
「振られたことないの?」
「ある」
「あるじゃん」
「こんなに早く、振られたことはない」
「誰に?」
拓海はソファにもたれかかるように座り、訊ねた。
「あの子」
「肉まん譲ってくれた子?」
「うん」
「結局誘ったの?」
「うん」
「で?」
「映画見て、食事して、キスしようって言ったら、嫌だって」
「初めて誘ったんだろう?」
「うん」
「それでもうキス?」
「うん」
「早すぎるだろ、それ」
「いつもは嫌だって言われない」
「……随分と自信家だな」
「だって本当のことだもん」
結城はやっとソファから顔をあげて、うらめしそうな顔をする。
拓海は自分の口調に少し驚く。
こんなにも普通に話をできているなんて。
結城の顔をちらっと見ると、何も気づいていないようだ。
なんだかほっとした。
大丈夫。
何も変わってない。