一瞬どこから声をかけられたのかわからなかった。
奈々子は歩道の真ん中で立ち止まって見回した。
木曜日の夜七時。
診療が終わって、裏口から出て来たところだ。
「戸田さん、こっち」
また声がして、奈々子はそちらを振り返った。
吉田製薬の社用車の運転席から、結城が顔をだしていた。
「こっち」
結城は手で奈々子を招き寄せる。
奈々子はどうしてここに結城がいるのか理解できず、首を傾げながら車に近寄った。
「どうしたんですか?」
腰を屈めて、結城にたずねる。
「乗りませんか?」
結城は助手席を手で示す。
何かまた忘れ物でもしたかな?
奈々子は訳がわからないまま、助手席に乗り込んだ。
「シートベルト」結城が手で示す。
奈々子は言われるがままにシートベルトをしめた。
シートベルトを締めると、車が静かに動き出した。
駅の方向に向かって進む。
「どうしたんですか?」
奈々子は再び結城にたずねた。
すると
「ちょっと待って」
と結城は言い、そのまま駅前のコインパーキングに入った。
「?」
窓を開けてから、エンジンを切る。
夜風が車内を流れて、心地よい。
結城の黒髪が、風になびいている。
白いワイシャツに、スラックス。
サラリーマンなら誰でも着るような、普通の服装だけれども、結城が着るとなんだか雰囲気が違う。

