「毎回驚かされるよ」
珠美が白衣を脱ぎながら、奈々子に話しかける。
奈々子も思わず「うん」とうなずいた。
「たとえ小さな女の子だったとしても、突然キスされて、あんな風におでこにキスを返したりできる? あの子大満足だったよね」
珠美は足下のバッグを取り出して、帰り支度をはじめる。
奈々子も白衣を脱ぎながら、帰り支度を始めたが、正直に言えば診察室の様子が気になってしかたなかった。
珠美も同様らしく、ちらちらと受付の後ろ側の扉を見ている。
「どんな話ししてんのかな」
珠美は化粧を直しながら言う。
「だね」
奈々子も化粧を直した。
「それにしても」
「なに?」
「お腹へった」
珠美が少し丸みを帯びたお腹をさする。
「ごはん、食べて帰る?」
奈々子が訊ねた。
「いいね。ああでも、駅前の肉まんが死ぬほど食べたい、かな」
珠美がペロっと舌をだした。
「おいしいよね。買ってこようか」
奈々子は言った。
「え? 悪いよ」
珠美が手を振って遠慮する。
「いいよ、いいよ。わたしもお腹が減ったし。みんなの分も買ってこよう」
「ほんとう?」
「うん」
奈々子はかごバッグを肩にかけた。
「ありがとう」
珠美が手を顔の前であわせる。
「うん」
奈々子は暑い道に出た。