頭の中がぐちゃぐちゃだ。


ゆきを自分のなかから追い出したかった。
名前も、顔も、姿も、すべてを消し去ってしまいたかった。


自宅の玄関をあける。
リビングの電気は消え、窓からの都会の明かりだけが部屋を照らしていた。
結城の部屋の明かりが、扉の下から漏れている。


拓海はソファに座り、大きく溜息をついた。顔を両手で覆う。


拓海は動けない。
頭を整理しようにも、何からはじめていいかわからない。


結城の部屋の扉が開き、結城が出てきた。

「帰ってたのか」

拓海は返事をできない。
少しでも動いたら、パニックで叫びだしそうだった。


拓海のなかにある、静かな時間。
恐ろしい出来事からすべてを隔絶して、ただ目を閉じていられるところ。

それが今、犯されようとしている。


「大丈夫?」
結城が近寄る。

「ん……」
拓海はやっと声を出すが、それでも言葉にはならない。

結城が拓海の側にひざまずく。
「やばいのか?」

「ん……」
拓海の手は震える。


結城は黙って拓海を抱きしめた。
しばらく二人はソファの上で動かなかった。


窓からは車が走る音。
冷凍庫の自動製氷機が、ガランと氷を落とす音。
そして結城の規則正しい心臓の音。


結城の体温が拓海を徐々に引き戻していく。
部屋の様子が視界に入り始め、結城の髪が頬に触っていることに気づく。


「悪かった」
拓海は結城の腕をほどき、ふらふらと立ち上がった。


結城は何も言わない。
無言で拓海を見上げている。


「悪かった」
拓海はもう一度言うと、自分の部屋にはいって扉を閉める。
暗い中、ベッドの上に倒れ込んだ。


ゆきを拓海の心から閉め出したい。


拓海は枕に顔をうずめ、静かに泣いた。