「どこ行ってたの?」
拓海は訊ねた。
「車に鍵を忘れてった子がいたから、それを届けにいってた」
結城が答える。
「車?」
「社用車。今日仕事先で乗せたんだ」
「渡せたの?」
「うん」
結城がナッツを口に放り込む。
「よかったな」
拓海は言った。
「うん」
結城はつまらなそうに答えた。
「どうした?」
「ん? 何が?」
「お前、つまんなそうだし」
拓海はビールを飲みながらそう言った。
「わざわざ持って行かなくてもよかったかも」
「どうしてさ」
「だって彼女、うれしそうじゃなかった」
「びっくりしたんじゃない?」
「そうかなあ」
「ありがとうって言われただろう」
「うん」
「じゃあ、いいじゃないか」
「振り向いたら彼女の背中が見えたんだけど、やけに落ち込んでる感じだった。うなだれてるっていうの?」
「気のせいじゃない?」
「俺、そういうの、よくわかる」
「お前が傷つけるようなこと言ったんだろう」
「言わないよ。取引先の人だよ。そんなこと言う訳ないじゃん」
結城はそう言うと、口を尖らせる。
そんな結城の様子をみて、拓海はなんとなくぴんときた。
「おい、お前一人じゃなかったろ?」
「ああ、友達と」
「結城の友達、女しかいないじゃん」
「うん、紗英と」
拓海は呆れた。
「なんで、女の子となんか行ったんだよ」
「だって、メールに暇って入ったから、じゃあ飲む? って返しただけだよ」
「お前、馬鹿だな」
拓海は結城を鼻で笑った。
「なんだよ。頭はいい方だぞ」
「そういう頭じゃなくてさ。紗英って、めちゃくちゃ美人じゃないか」
「かな?」
「そうだよ。モデルしてたときに知り合ったんだろ」
「うん」
「その子はきっと、紗英を見て落ち込んだんだよ。その子ってどんなこ?」拓海は聞いた。
「普通の子」
結城が言った。
「じゃあ、きっとそうだ」
拓海はビールを一口のんで、そう言い放った。
「だって、ただの友達じゃないか。俺は友達と一緒に歩けないの?」
「本当にただの友達?」
拓海はちらっと結城の様子をうかがった。
「うん。やってないよ」
結城はそう言うと、缶の中からピスタチオだけ選り出した。
「おい、ピスタチオなくなっちゃうだろう」
「俺、これが食べたい」
結城は拓海が手を出せないように、缶を引き寄せた。
「キスは?」
拓海は腕をのばして缶をとろうとした。
「……それは、ちょっとしたかな?」
結城は急いでピスタチオを五個ほどとると、缶を拓海に返して来た。
「ほら!」
拓海はそれみろ、という顔をして見せた。
「でもやってない!」
口をもぐもぐさせながら、結城が抗議する。
「気軽に手を出すのはやめたんだ! セフレはつくらない。これだって言う子にしか、手を出さないって決めた」
「キスはいいのか? 随分思わせぶりじゃないか」
「そりゃ……なんか、今、したほうがいいのかなあっていう雰囲気ってあるじゃないか」
結城がビールを飲む。もうほとんど空だ。
「もう一本飲む?」
拓海が聞くと、結城は首を振った。
「どうして、こんな男が人気なんだろ」
拓海は缶からピスタチオを選り出し始めた。
「やっぱ、顔じゃない?」
結城がにやりと笑う。
「こんな、男か女かわかんないような、顔が?」
「セクシーだろ」
「ふざけんな」
拓海はビールを飲み干し、缶を握りつぶす。
「ピスタチオ」
拓海の握るいくつかのピスタチオに、結城が手を伸ばした。
「駄目」
「なんでだよ」
「腹立つから」
拓海はそういうと立ち上がった。
「俺は昔からこの顔なんだから、仕方ないだろ。女みたいって言うなよ。お前なんか子供みたいな顔じゃないか。ちびだし。いつまでたっても、大人の色気が出てこない」
「おい、童顔のこと、いうなよ」
拓海はキッチンで、ピスタチオの殻をむく。
「お前だって、女みたいだって言ったじゃないか」
結城は缶をかき回し
「ピスタチオがもうない!」
と言った。
「これで全部。俺が食べる」
「ずるいぞ」
「お前いっぱい食べたじゃないか」
「俺はピスタチオじゃないと食べたくないんだ」
「わがままだよ。結城は全部がわがまま」
拓海はピスタチオを口に全部入れてしまうと
「おわり!」
と声を上げた。
結城は舌打ちすると
「拓海は意地が悪い」
と言ってソファを立った。
「先、シャワー使う」
「どうぞ。おい、殻とピールの缶、捨てろよ」
「はいはい」
結城は渋々テーブルを掃除すると、洗面所へと立った。