高いマンションやビルが並ぶ道の間を、まっすぐに歩いていく。

コンクリートを踏みしめて、
下を向かないように、
振り返らないように、
それから走り出したりしないように、
心を落ち着けて歩いた。


結城は奈々子の背中を見送ってるだろうか。
それとももう彼も背を向けただろうか。


冷たい風が奈々子の頬にあたる。
東京の排気ガスの匂い。
目の奥が痺れて、痛い。



奈々子は結城に恋をした。
それは本当に甘くて、夢のようだった。
彼の作られた優しさや計算された行動に心奪われた。



でも結城を愛していると思ったことはなかった。
そんなこと、考えもしなかった。
結城が拓海のために身を犠牲にしようとするその愛情と、自分の感情とでは比べ物にならないと思った。




でもなんで今、こんなに胸がちぎれるほど、この別れが痛いんだろう。




もう少しで大通りへと出る道に入れる。
あとちょっと。
もう少し。

奈々子は唇を噛み締め、震えそうになるのを必死に堪えた。




本音を知ってからの方が、結城を気にしだした。
容姿や表情、目に見えるものは関係なくなった。
彼がどんなに魅力的に振る舞っても、彼の心のうちを思い、胸が締め付けられた。




あの人のために、何かしてあげたかった。

自分が彼を幸せにしてあげられる人ならいいって。
何度も。
何度も。

昼も夜も、
寝ても覚めても、
何をしてても。

そんな思いが、心に浮かんだ。



あと少し、本当にあと少しで、彼の視界から消えることができる。
もうちょっとで。




コンビニの角を大通りの方へ曲がった。

思わず手の平で頬を拭う。

二三歩歩いて、それからたまらず立ち止まった。


嗚咽が漏れる。
両手で頬を拭う。


声を出して泣き出した。
誰かに見られてもかまわなかった。



胸が痛い。
本当に。



この感情を「愛」と呼ぶ人もいるかもしれない。

たくさんの車が走って行く音に、奈々子の泣き声はかき消される。




そうか、これが人を愛するってことなんだ。