「これ、おいしいですよ」
ゆきが大根餅をすすめた。
「ほんとだ、おいしいね」
拓海はうなずいた。
ずっと考えている。
どのタイミングで言おうか。
「ぜんぜん、連絡くれないんだもん」
ゆきがお箸をくわえて、言った。
「えっと、忙しくて。ごめんね」
拓海の心臓の音が早くなる。
ゆきが拓海を見てる。
ほとんどお化粧をしていない。
ほほに薄いそばかす。
眉の形が整っていて、目はくっきりの二重。
「もしかして」
ゆきはグラスを持ちながら、拓海を覗き込むように見つめる。
「うん?」
拓海の動悸は暴走直前だ。
「おぼえてない?」
拓海の箸が止まる。
ばれてる。
「ご、ごめん」
拓海は箸を置いて頭をさげた。
勢い良く頭を下げすぎて、テーブルにおでこがぶつかった。
「いて」
「やっぱり」
ゆきの声がする。
「お、怒ってるよね」
拓海は頭を下げたまま、そう訊ねた。
「うーん、どうかなあ」
ゆきが言う。
「どうしたらいいかな」
拓海はちらりと目を上げた。
ゆきは笑みをたたえて拓海を見てる。
「どうしよっかな」
ビールを一口飲む。
拓海は再度頭を下げた。
なんでもする覚悟だった。
ゆきと付き合うということ以外なら、なんでも。
「じゃあ、ここ、おごってください」
ゆきが言う。
「……そんなんで、いいの?」
拓海はびっくりして顔を上げた。
「いいですよ」
ゆきはにこにこ笑いながら、エビ炒めをほおばる。
「一食浮いちゃった。ラッキー」
「怒ってないの?」
「だって、お酒入ってたし。事故みたいなもんでしょ。大人がちょっとはめをはずしちゃった、みたいな」
「そ、そう……」
拓海はどっと疲れが出る。
ウーロン茶をごくごくと飲み干した。
「おかわりします?」
「ああ、そうだね」
拓海は脱力しながら、そう答えた。
ゆきがオーダーしてくれる。
「何にも覚えてないんですか?」
「うん。どうしたんだろう」
拓海は首をひねった。
「結構飲んだなっていうのだけ覚えてるんだけど」
「最初はサワーみたいなのを飲んでたんですけど、途中から日本酒に切り替えたんですよ」
「日本酒?!」
拓海は驚いて声をあげた。
「それも結構飲んでて。拓海先生は最初すっごい普通でしたよ。ぜんぜん酔ってないみたい。でもそろそろお開きにしようって頃になって、突然倒れちゃった」
「ええ?」
「何度起こしても起きないし、どこに住んでるのかも聞き出せなくて。わたしのアパートが一番近かったので、タクシーに乗せてうちに連れて行きました。アパートについて、お水を飲んだら……」
そこでゆきは意味ありげな目をする。
「拓海先生はいつもと全然違いました」
「俺、最低」
拓海は頭を抱えた。
大声で泣きたいぐらいだ。
そんなひどいことをしたなんて。
「本当にごめんね」
「だから、いいんですって。わたしもまあいっかって思ったんだし。強制じゃあないですよ」
ゆきはビールを飲み終える。
「もう一杯いい?」
「もちろん」
ゆきは追加のビールを注文した。

