夜の道を結城のマンションまで歩いて帰る。


どうして結城はそんなに頑に断るんだろう。
研究職につきたいと本気で思っていて、営業職からいずれ移れると思っているのだろうか。


マンションエントランスの前に結城が立っていた。
手に小さなバケツを持っている。


「嫌な話されなかった?」
結城がたずねた。

「ぜんぜん」
奈々子は首を振った。

「花火もってきた。この間の公園いく?」
結城が訊ねる。

「うん」
二人は連れ立って、川沿いの小さな公園に向かった。


小さなベンチと、何本かの木々。
誰もおらず、静かだ。


初めて結城とキスをした日のことを思い出す。
自然と奈々子は頬が熱くなる。

結城は奈々子の顔をみて、それから笑う。
なんでもお見通しのようだ。


ベンチの前で、ろうそくに火をつける。
川からの風でゆらゆらと炎がゆれた。


水道からバケツに水を入れ、花火をそれぞれ手にとった。
花火に火をつけると、ぱあっとあたりが明るくなる。


火花が地面に散る音がする。


結城の顔が炎の色に染まっていた。


とにかく、
本当に、
美しい。


この人が奈々子のことを好きだと言ったことが信じられない。
本当にどうして、そんなことになったんだろう。


「紗英さん、きれいですね」

「そう?」
結城が新しい花火に火をつけながら言う。

「どうして、紗英さんじゃなかったんです? 紗英さんじゃなくとも、須賀さんの周りにはいっぱいきれいな子がいるのに」

「言ったじゃん」

「……」

「いつまでもそんなこと言ってると、怒るよ」

「ですよね」
奈々子は花火を見つめながらつぶやいた。

「話し、なんだったの?」
結城が訊ねる。

「わたしから須賀さんにモデルへの復帰をお願いしてほしいって」

「やっぱり。そうだと思った。しつこいよね、何度も断ってるのに」

「写真見ました。須賀さん、素敵だった」

「そう? ありがとう」

「なんでやめちゃったんです?」

「静かに暮らしたいから」
結城はそう言うと顔をあげ、奈々子を見て微笑む。

「あの仕事を続けてたら、どこに行っても注目されて、買い物も、散歩も、満喫にも行けなくなっちゃう」
そう言って笑った。

「それがなければ、モデルの仕事は好きでした?」

「それほどでもないよ。ただ……」

「ただ?」

「奈々子さんは怒るかもしれないけど、僕は自分の顔が嫌いだった。小学校の頃には女顔だっていじめられたし、僕の顔を見ると一様にみんなびっくりして、それから遠巻きに見始める。だから昔から顔を変えたかった。でもモデルの仕事をして初めて、自分の姿形を自分で認められるようになったんだよね。うまく説明できないんだけど」

「わかります」

「今の会社は、悪くない。営業成績はダントツって訳じゃないけど、お客さんからクレームが入ってるわけでもない。満足してるんだ」

「そうですか」

「奈々子さんにも会えたしね」
そう言うと、奈々子の頬にキスをした。