「それで?」
受付で珠美が興奮を抑えてたずねる。


平日の午後診療。
患者さんはまだ来ていない。
静かな待合室に、扇風機の回る音が響く。


「別に……。翌日須賀さん行きつけの満喫に言って、無言で漫画を読んだ」

「冗談?」

「本気」

「落差が激しいな」
珠美が呆れた。

「須賀さんはワンピースを読んでて、でも途中でうたた寝したりして。私は別の漫画を読んでた」

「……それは、アリ?」
珠美が訊ねる。

「まあ、気楽っていうか。気取らないし、安心はしたかな」

「奈々子にペースをあわせてるのかな?」
珠美は考え込む。

「どういうこと?」

「ホテル誘われた?」

「!? さ、誘われないわよ」

「キスだけ?」

「うん」

「ふうん。でもいつかは、するでしょ?」

「ええ?」
奈々子は赤面した。

とても想像できない。
ちょっとでもそのことを考えると、胸が痛いほどに心臓が動く。


「つきあってるんでしょ?」

「さあ」

「まだそんなこと言ってるの?」

「付き合ってって、言われたわけじゃないし」

「もう充分に向こうはアピールしてると思うけどな……須賀さんも苦労するね」

「何よ、それ」
奈々子は憮然とした表情を見せた。

「そろそろ覚悟しといた方がいいよ。避妊は絶対してね」

「やだ、珠美……」

「重要なこと言ってるのよ。泣くのは女なんだから」

「う……ん」

「でも、本当にうらやましい。きっと、すっごいうまいよ。かなり遊んでたんでしょ。だったら、相当とろける感じだと思うなあ」
珠美が目を閉じ、手を組む。

「うまい、下手ってあるの?」
奈々子は訊ねた。

「あたりまえじゃん。どうしようもないってのも、いるよ。ああ、一度でいいから、抱いてもらいたいなあ」

「林さんに言っちゃうぞ」
奈々子は笑いながら言う。

「ええ、ちょっと、やめてよ」
珠美が笑った。