奈々子は外に出て、駅の方向に歩く。
手が震えてきた。
また振り回されてるのはわかってる。
でも誘われると抗しきれない。
坂を下りきったところの電柱脇に、結城が腕を組んで立っていた。
すれ違う人たちが結城を見ている。
暗がりで表情がよくわからない。
奈々子は結城に近づいた。
結城が気配に気づいて顔をあげる。
怒ってる。
「あれが、彼氏?」
「……はい」
「このまま付き合うことにしたんだ」
「……はい」
「付き合うってどういうことか知ってる?」
「たぶん」
「キスだけじゃ終わらないんだよ。その先がある」
「ゆっくり行こうって、約束してくれました」
すると結城は鼻で笑った。
「男の考えてることなんて、だいたい一緒。いつやるか、それだけだよ」
「須賀さんは誰とでもキスして、誰とでもできますけど、そんな人ばっかりじゃないです」
「誰ともやってないよ」
結城は心外だという顔をした。
「自分でやったって言ったじゃないですか」
「大学の話だろ? 社会人になってからは、そんなこと一度もしてない」
「紗英さんが、誘うって言ってましたよ」
「誘われたよ。だから何? 誘われたからって、抱くとは限らないだろう? あの日は奈々子さんが出ろって言うからパーティにでて、そのまままっすぐ家に帰った。それだけだよ。紗英とはやってない」
奈々子はとても信じられない。
二人で並んだところを思い返した。
あまりにもお似合いだった。
「何? 携帯見る? 見てもいいよ」
「見ませんよ。必要ありませんから」
奈々子は必死にそう言った。
「私は邦明さんとおつきあいを続けることにしたんです。あの人といると、落ち着きます。須賀さんといると、いつもドキドキして、不安で、苦しくて、落ち着きません」
「キスはやり直しできるけど、セックスはなかったことにできないよ。なかったことにしたいって俺のところにきたって、そういう訳にいかないんだからな」
結城はそう言うと奈々子に背中を向けて、歩き出す。