そこに扉が開き、邦明が入って来た。
グレーのスラックスにワイシャツ。
笑顔で「遅くなりました」と言った。


奈々子は緊張しながらも会釈する。
邦明も気まずそうに会釈をした。


奈々子の隣に邦明が座る。
彼は急いで来たようで、汗をかいている。
隣にいても彼から熱気を感じた。


「ビールでいい?」
珠美がオーダーする。

「サンキュー」
と言って、邦明がハンカチで額をふいた。
それからちらりと奈々子を見て
「久しぶり」
と言った。

「久しぶり」
奈々子も言う。


お刺身や串焼きなどの料理がそろい、場が盛り上がり始めた。
話し上手な林さんと邦明、そして珠美がいるおかげで、楽しい気分になる。
邦明と会うという緊張感も徐々にほぐれて来た。


「林さん、意外と強引ですね」
奈々子は驚きながらそう言った。

「でしょう。あんな風に誘われたら、そりゃ『はい』っていっちゃうもん」
珠美が舌をだす。

「いや、必死だったんだって」
林さんが笑いながらビールを飲んだ。

「でも無事成功。よかったですね」
邦明が言う。

「ありがとう。奈々子さん達もうまくいくといいね」
林さんが上機嫌に言った。


邦明と奈々子は目を見合わせ、気まずく黙り込む。
珠美がすかさず「これからだから!」と口をはさんだ。


「俺、ちょっとトイレ」
林さんが席を立つ。


店内には流行のJ-POPが流れている。


「おもしろい人だね」
奈々子が言った。

「うん、まあね」
珠美が言う。


それから「邦明、ほら」と促した。


「奈々子さん」
邦明が改まって身体を奈々子に向ける。

「はい」
奈々子はとたんに緊張する。

「ごめんなさい。嫌な思いをさせて」

「いえ、こちらこそ、なんだか……本当にごめんなさい」

「ゆっくり行きましょう。お試しなんだし。あの、大切にします」
邦明はそう言うと微笑んだ。

「はい」
奈々子はうなずいた。


これでいいんだ。
結城は自分とはやはり住む世界が違いすぎた。