マンションの扉を開けると、玄関の明かりをつけた。
なんの装飾もない、殺風景な玄関。
「どうぞ」
拓海はそう言うと、先に玄関をあがる。
リビングの扉を開け、電気をつけた。
ゆきは玄関の扉を閉めると、玄関をあがる。
はいていたサンダルをきれいに並べた。
結城が脱ぎ捨てて行ったジャージを拾い、テーブルの上のマグを片付けた。
開け放されていたカーテンを閉め、冷房のスイッチを入れる。
ぶうんという音がして、部屋が徐々に涼しくなる。
「座って」
拓海はソファにゆきを座らせた。
「掃除してなくて、ごめんね。誰も来ないと思ってたから」
拓海はキッチンで冷蔵庫を開ける。
「何かのむ? でも、アルコールは買ってないや」
「麦茶ありますか?」
「うん」
「じゃあ、それでお願いします」
ゆきは革張りのソファの上にちょこんと座っている。
拓海は二人分の麦茶をつぐと、テーブルの上に置いた。
ゆきと同じソファに座るのは気がひけて、拓海はラグの上にあぐらをかく。
「お盆が明けた週から、友達のうちに帰れる?」
拓海が訊ねた。
「……はい」
ゆきがうなずいた。
「不動産屋さんは夜やってないから、週末一緒に行こう」
「はい……何から何まで、本当にすいません。どうもありがうございます」
ゆきは疲れたようにうなだれた。
拓海はゆきのその姿に胸が痛む。
いつも明るくて楽天的な彼女からは、想像のつかない姿だ。
ゆきは目を上げ、部屋を見回した。
「一緒に住んでいらっしゃる方は、旅行ですか?」
「たぶんね」
「知らないんですか?」
「だって、あいつ何も言わないもん。突然今朝、旅行の支度をして出て行っただけ」
「……自由ですね。じゃあ、いつ帰ってくるか分からないんですか?」
「金曜日は出勤って言ってたから、明日には帰るんじゃない?」
「男の人二人で、どんな暮らしをしているのか、全く想像がつきません」
「普通だよ。ごはん食べて、寝て、テレビ見たり、ごろごろしたり」
「へえ」
ゆきは少し緊張を緩めてそう言った。
二人の間に沈黙が流れた。
拓海はリモコンでテレビをつける。
ニュース番組がついた。
「ゆき先生はいつもうちに帰ってから何してるの?」
拓海は訊ねた。
「音楽を聴いたり、雑誌を見たり。ドラマを見たりもします」
「何のドラマが好きなの?」
「コメディ。お笑いも好き。学生の頃は小劇場に通ったりしてました。楽しかったな」
ゆきが微笑んだ。
「嫌いなのは?」
「怖い話大嫌いです。やっぱり、人間は笑ってなくちゃって、思いません?」
ゆきが言う。
「自分の気分次第で、見える景色も違うから。笑うと元気になります」
ゆきが笑顔で言った。
「そうだね」
拓海は頷いた。
しばらく二人でニュース番組を見る。
最近の異常気象について、天気予報士の人が解説をしていた。
「ゆき先生は、俺のベッドで寝て。俺は同居人のベッドで寝るから」
「ありがとうございます」
「シーツ替えてくる。ゆき先生は、その間にシャワーでも浴びる?」
「来るときに浴びたので……大丈夫です」
「遠慮しなくてもいいよ。来るまでに汗かいたんじゃない?」
「は、はい」
「じゃあ、こっち」
拓海は立ち上がり、ゆきをキッチン脇のバスルームに案内した。
電気をつけると、暖色の蛍光灯が光る。
洗面所脇の棚からタオルを出し、ゆきに手渡す。
「あ、着替え」
拓海は思いついて、自分の部屋に入る。
備え付けのクローゼットから、Tシャツと短パンを取り出した。
「ちょっと、大きいかも」
拓海はゆきに手渡した。
「ありがとうございます」
ゆきが頭をさげる。
「そこにシャンプーとか置いてある。自由に使って」
拓海はそう言うと、バスルームを出て扉を閉めた。