幼稚園のある駅から、目黒にある自宅マンションまでは電車で約三十分。
電車に揺られるその間、ゆきになんと言おうか、そればかりを考えた。
しかし結局答えが出ず、うなだれたままマンションの扉を開いた。
涼しい空気が流れ出てくる。
結城は冷房をつけているようだ。
リビングの扉を開くと、結城がソファに転がってテレビをみていた。
部屋の中なのにフード付きパーカーを頭からかぶっている。
「おかえり」
結城は拓海をちらっと見て、そう言った。
「ただいま」
拓海は不機嫌そうにそう答える。
「はやいじゃん、あ、遅いの間違いか」
結城が嫌みのつもりかそう言った。
「シャワー浴びる」
拓海は結城のことを半ば無視して、バスルームに入って行った。
洋服を脱いで洗濯機に放り込む。
温度設定を高めにして、シャワーをあびた。
だんだんとはっきりしてきた。
衝撃から目がさめて、やっとアルコールも抜けてくる。
かかっていたタオルで身体をふいて、鏡で自分の姿を見た。
二十七歳。
幼い顔立ちで、十八ぐらいにも見える。
濡れた黒髪が頬にはりついている。
拓海はタオルで髪をごしごしふいた。
身体は結構鍛えていて、筋肉がついてほっそりしている。
「セクシーでした」と言ったゆきを思い出した。
自分のことをそんなふうに感じたことは一度もなかった。
「俺、どんなんだったんだろう」
拓海は首をかしげた。
バスルームを出ると、結城はさっきと同じ格好でテレビを見続けている。
下町を散策する番組だ。
「おもしろい?」
拓海はタオルを巻いた格好で、結城の隣にたった。
「別に」
結城はおもしろくなさそうにそう言う。
「じゃあ、なんで見てんの?」
「暇だから」
「どっか行けよ」
「つかれる」
「インドアもいい加減にしろよ」
拓海は呆れてそう言った。
「お前、今日の予定は?」
結城が拓海を見上げた。
「別に、なんもない」
「お前だって暇じゃん」
「俺、これから寝るもん」
拓海は自分の部屋にはいりながら、大きな声で答えた。
「寝てないの?」
結城が大声で返す。
「たぶん寝てる」
拓海は着替えながらそう答えた。
「なんだ、たぶんって」
結城が笑っている声が聞こえた。
「うるさいよ。俺、寝るから、起こすなよ」
「夕飯、外で一緒にたべよう」
結城が言った。
「わかった」
拓海はそう言って、自室の扉を閉めた。
八畳ほどのフローリングの部屋。
拓海はベランダに面した窓をあける。
涼しい風が入って、白いレースのカーテンをなびかせた。
無印で買ったシングルベッドに、枕を抱いて転がった。
目を閉じる。
しばらく動かずにいたが、
「やっぱ、寝られるわけない」
と拓海は小さくつぶやいた。
再び、延々とゆきになんと言うか、それを考えはじめた。