拓海は再び歩き出した。
ゆきは横に並んで歩き出す。


彼女の肌から、幼稚園で使う洗剤の香りがした。


ゆきの気配が拓海の悲しさを和らげる。


不思議だった。


拓海は目的もなく歩き、なんとなく高架下を横断し、土手へとあがる。


両側をコンクリートで固められた人工的な川。
川の上をわたる橋の明かりが、真っ黒な川面に反射している。

二人は黙って歩いた。


やがて土手沿いに備えられたベンチを見つけると、拓海は力が抜けたように座り込んだ。
ゆきも隣に座る。


空を見上げると、夜空に雲がゆっくりと動いているのが見えた。
土手沿いの植栽からは、虫の声が聞こえる。
人は通らない。
静かだった。


「りなちゃんのパパに、何か言われました?」

拓海は首を振る。
「りなをよろしくって」

「やっぱり」
ゆきが笑顔を見せる。

「りなちゃんのパパから悪いオーラは出てないと思ったんです」

「見えるの?」
拓海が驚いてたずねる。

ゆきは「まさか」と言って笑った。

「なんとなく。雰囲気ってあるじゃないですか」

「……そうか」
拓海はほっとした。


対岸側の土手が、ぱっと明るくなるのが見えた。


「あ、花火」

ゆきが言った。


誰かが花火をしているらしい。
遠いけれどぱちぱちという音が聞こえてきそうだ。


「きれい」


ゆきが言う。


幸せそうに微笑んだ。