逃げたい。
今すぐこの場から逃げ出したい。
なんでこんなことになったんだろう。
拓海は身体をのばして、自分のデニムのポケットをさぐり、スマホを取り出す。
午前十時すぎだ。
拓海は懸命に昨日の記憶を呼び起こそうとした。
昨日はそうだ、三人の同僚と仕事帰りに飲みにいって。
それで、ああ、何杯飲んだか記憶にない。
とにかく明日は土曜日だしと思って、ずいぶん飲んだんだ。
それで……。
拓海は懸命にこうなった経緯を思い出そうとするが、細部はいっこうに出てこない。
ただフラッシュバックのように、ゆきの身体がよみがえる。
拓海は頭を振った。
とりあえず下着を拾って着る。
ちょっと迷ってから全部の服を着た。
ベッドの足下に置かれた扇風機から、涼しい風が送られる。
バスルームからは水音が聞こえていた。
六畳ほどのワンルームの部屋。
女性らしいけどシンプルなナチュラルテイストの家具。
拓海はベッドに腰掛けて、文字通り頭を抱えた。
ゆきとは幼稚園で同じひまわり組を担当している。
まだ新米の拓海はクラスでヘルプの仕事をしている。
ヘルプとは子供達と遊び、世話をする役だ。
ゆきも同じタイミングで就職したので、ヘルプ要員。
担任の飯田先生の顔が思い浮かぶ。
このことを知ったら呆れて、それから怒るだろう。
水音がとまり、しばらくするとゆきがバスタオルを身体に巻いて出て来た。
「あれ? シャワーは使いませんか?」
ゆきが言う。
「いや、予定があるの忘れてたんです。もう帰ります」
拓海は立ち上がる。
「何か飲んだほうがいいんじゃないです?」
バスタオルのまま、ゆきがキッチン横の小さな冷蔵庫をあける。
「いいです。遅刻しそうだから」
拓海はそう言うと玄関に向かう。
ゆきはいぶかしげに拓海を見てる。
拓海はその視線を感じて、自分があまりにも不誠実なのが恥ずかしくなった。
振り返り
「連絡しますね」
と笑顔で伝える。
ほっとした様子のゆきは「うん」とうなずいた。