結局、話し合いは何一つ進まないままに活動は終了した。

 紅葉先輩と北斗先輩お迎えのリムジンに乗って早々に帰宅してしまい、

残された僕は一人で帰路につくこととなる。御言先輩がいる場合は大抵、

家が近いこともあって一緒に帰ることが多い。

 もちろん、甘酸っぱい高校生活の一場面になどなるはずがない。言い換える

ならば首輪を着けられているも同然で、先輩の意思と気まぐれに沿った帰り道

になるからだ。続けて同じ道で帰宅したことがないのがいい証拠である。

「よぉ、玲司じゃん。珍しいな、お前が一人で帰ってるなんて」

「鏡介……。お前だってそうじゃないか」

「まぁな。今日はミーティングだけだったし」

 こいつの名前は友沢鏡介(ともさわ きょうすけ)。僕と同じ一年生で、高校入学時に

初めて会ったのだが、今は既に親友と呼べる友人だ。ジャニーズ系と言うのが

最も適している容姿でありながら、実は剣道部のホープだったりする。一見、

不良のように服装を乱しているが、誰よりも正義感が強くて情にもろい。

「折角会ったんだから一緒に帰ろうぜ」

「そういえば一緒に帰った記憶がないなぁ」

 冗談のような事実に二人で笑い合いながら下校開始。普段は女の子と並んで

帰っているのに、今日は野郎を隣に歩いていく。しかし……何故だろうか、今の

方がよほど心が安らいでいるじゃあないか!

 通学路には街を通過するルートもある。本屋に寄っていきたいという鏡介の

要望を快く聞き入れ、進路を繁華街へと向ける。

 学校帰りの夕方ではあるが、相変わらずの賑わいだ。しかし、この場所は

不思議なもので、今いるメインストリートから外れた途端に人の数が減る。同じ

ような店を展開したとしても、立地条件としては雲泥の差があるというわけだ。

「ん? ……あそこ、何か人だかりができてるぜ」

 鏡介に言われてメインルートから抜ける道に目を向けると、確かに人が集まって

いるのが見えた。とは言え、行列を作っているよりは野次馬が群れている様子だ。

それに、何だか中心からは騒がしい声が聞こえてくる。

「ちょっと行ってみるか?」

「……何か嫌な予感がする。気のせいだったらいいんだけど」

「気のせい気のせい。ほら、行こうぜ」

 促されるが儘に人だかりに加わっていく。だが、後ろからじゃ中の様子を窺うのは

難しい。だが、声だけは聞こえてくる。

「こんの野郎……っ! 女だと思って手加減してりゃあつけあがりやがって!」

「大体、関係ねぇだろてめぇは! しゃしゃり出てきてんじゃねーよ!」

 どうも若者同士の喧嘩沙汰のようだ。だが、どうも敵対勢力の片方は女の子の

ようだ。ギャラリーの皆さん、観戦している場合じゃないでしょうが。

「お、おい……玲司。あれ……」

 一足先に中の様子が見える位置に移動した鏡介。だが、その表情はどこか

引き攣っている。次いで辿り着いた僕も漸く目の当たりにしたが、瞬時にずっこけた。

「私立詞華高校二年D組、燕貎寺御言! 目の前の悪行を黙って見過ごすような

ことはしないわ! 覚悟しなさい、このフリーターども!」

 本気で何やってるんだ、あの人!? そもそも無期限自宅謹慎処分喰らってるじゃ

ないのかよ! 暢気に出歩いている場合じゃ――っていうか、喧嘩なんかしていい

立場じゃないだろ。

「なぁ、玲司。あの人、お前んとこの有名人だろ?」

 男たちが御言先輩を正三角形に囲む。

「……まぁね」

 一斉に襲い掛かるも、逆にその内の一人に対して向かっていく先輩。思いも寄らぬ

行動に驚く男に対して問答無用で跳び蹴り。俺を踏み台にしたぁ!? 何て言う暇もない

威力。

「いいのか、助けなくて? 流石に男三人を相手にするのは無理があるんじゃ」

 一瞬で仲間の一人が撃沈。とてもシミュレートできなかった展開だろうが、未だに

数で優位であるという余裕があるようだ。

「……あぁ、そっちの心配か。それなら、先輩が前に暴走族一個潰しちゃった、とか

プチプチを潰したようなノリで自慢してたくらいだから大丈夫だよ」

 二人になった男たち、今度は正面から時間差攻撃。だが、先に向かっていた男の

肩を使って前方倒立回転跳び。そのまま、後ろから来ていた男に対して唐竹割りの

如き踵落としが炸裂。あえなく撃沈、である。

「……強いな、ホントに。どこかの道場の隠し玉とかじゃないのか?」

 とうとう一人になってしまった男だが、仲間を見捨てて自分だけ助かろうとするほど

腐ってはいないようだ。明らかに恐怖を感じながらも逃げ出さない姿勢は天晴れ。

「……正真正銘、ただの放送部部長だよ。あれも、多分自己流だと思うけど」

 興味を無くしたように背を向ける先輩。大局的には勝負はついているけれど、男から

すれば不可解であると同時にチャンスでもある。

「自己流であそこまでやれるなんて信じらんねーよ。絶対に師匠とかいるって」

 勇気を振り絞っての突撃。女にこてんぱんにやられてしまったなんてプライドに傷が

つくとでも思っているのかもしれない。相手の実力を知っていれば、諍いを起こそう

なんて気すら起きないというのに。

「……あぁ、そういえば――」

 男があと一歩というところまで迫った瞬間、稲妻のような上段回し蹴りが繰り出され、

人ってあんなに飛ぶものなのかと思うほどの距離を蹴り飛ばされた。

「……今のって先輩の大好きな特撮ヒーローの必殺技、カウンターキックだ」

「特撮ヒーローって……まさか、それを見よう見まねでやったってのか?」

「……見よう見まねって言っても、先輩の場合とことん追求する人だから。たぶん、

徹夜とか平気でして習得したんだと思う」

 ギャラリーからは歓声までもが上がっている。それはまるで、ヒーローだけが聞ける

喝采のオーケストラ。確かにこの瞬間、御言先輩は正義の味方に見えた。

「なぁ、玲司。もう一度聞くけどさ、あの人って――」

「……燕貎寺御言先輩。ただの放送部部長でファイナルアンサーだよ」