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「立ち直り早いな、お前」

「いやぁ、これでもすんごい泣いたんですよぉー」

バレンタイン翌日の、学校の保健室。
ブラックのコーヒーを飲む私の姿を見て、森川先生は苦い顔をした。


先生は、貴一さんとダメになったことをすでに知っていた。きっと歩美さん経由で聞いたんだと思う。貴一さんが結婚すると。

多分、慰める意味も込めて私に温かいコーヒーを淹れてくれたのだけれど。私はそれを砂糖もミルクも入れずに口をつけた。
先生の淹れるコーヒーは自分で淹れるのより美味しかった。



「もっと落ち込んでるかと思ったよ」

「だからー、こう見えてもすっごい落ち込んでますよー」


失敬なと、私は先生に文句を言う。
やけに元気な私が意外だったんだと思うけど。これでも無理して学校に来たわけで。

泣き腫らした目はまだ痛いし、熱はまだ少し高い。しかも昨晩は夜更かししたから、まだ午前の授業が終わっただけなのに体はもうくたくた。



「ねぇ先生、午後の授業休ませてー」

「失恋にかこつけて授業休むな」

「先生のいけずー。なによ、自分は歩美さんとラブラブバレンタインだったからってぇー!」

「うるさいっ!こっちはそれどころじゃなかったってのにっ!!」


そうムキになって言い返す先生の言葉に私はきょとんとなった。


「それどころって……?」


そう思わず尋ねてみると、先生はあからさまに「しまった」という顔をして口元を抑えた。

明らかに私になにか隠してるみたいな……。



「……なんでもない」

「なにかあるんだね」


確信を込めてそう言い返すと、先生の視線が横にそれた。


「……べつに、言わなくても良いけどぉ」

「嘘つけ。聞きたそうな顔しやがって」


先生があからさまな溜息を一つ零した。
それからなにか諦めたみたいに事情を話し出した。


「歩美な、今実家に戻ってるんだよ」

「やだっ、先生なにしちゃったの!?愛想尽かされたのっ!?」

「そんなわけあるかっ!……家の都合でだよ」


先生がそう言ってまた溜息を零した。
歩美さんが実家に帰っているのは、お家の都合。

歩美さんの家……高坂家は、貴一さんの古川の家とも繋がりがあるわけで。だとしたら家の都合って、まさか貴一さんの結婚ともなにか関係があるのかな。


(そういえば、那由多さんも今日本に戻って来てるって言ってたよね……)