だから私は雨の日が好き。【春の章】※加筆修正版






少し翳る月の光の中を公園に向かう間、どちらも口を開かなかった。

ただ、じっと。

月に照らされた二人の影を見つめて、隣から聴こえる湊の呼吸に耳を澄ませていた。




時折、無意識に力の入る私の右手に、同じ強さで握り返してくれるのがとても嬉しかった。




公園には満開の桜の樹が月の光を浴びるように、そこに佇んでいた。

さっきよりも少し雲が多くなっていたが、隙間から漏れる月明かりが、より一層桜を引き立てていた。



私は、何も言わずにその桜を見上げていた。

満開の桜は人を狂わせる、と言ったのは誰だったか、とぼんやり思っていた。


こんな綺麗な桜の下で、狂気を纏う人なんているはずもないのに。




「綺麗だね」




独り言のように湊が呟いた。

きっと言葉にしなくても、湊は私が夢中なのを知っている。


小さく頷くと、軽く手を引かれて少し離れたベンチに連れて行かれた。

ベンチから眺める桜は、やはり圧倒的な存在感を放っていた。



雲の流れが早くなり、照ったり翳ったりを繰り返す光を浴びる。

風に揺られてもしやかな桜を、とても力強いものだと思った。