いつもの笑い方ではない。
めったに見せない優しい笑顔を見て、この人の気遣いを知る。
そんなにも、心此処に在らず、みたいな顔をしてしまったのかと。
とても申し訳ない気持ちになった。
居心地のいい場所。
優しい上司と心を許せる同僚たち。
けれど、誰も私の逃げを許してくれない。
この会社にいることを心地よく思っているのは確かで、役職をもらえるのは嬉しいことだと純粋に思う。
何より、必要とされている実感もある。
大切だと想っても簡単に手放すことが出来る私は、きっと『執着』するモノがないのだろう。
けれどそんな私の気持ちも、少し踏み留まることを憶えたように感じた。
「しぐれがいてくれて、良かったなと想う時は沢山あるぞ」
「どうせ『書類が溜まって困ってる時』とか言うんですよね?」
櫻井さんは静かに首を横に振る。
その仕事以外していないのに、それを否定されたら私はいる意味がないのではないか、と思うのに。
唯一、櫻井さんに勝るのは事務処理能力だけなのに。
私の不安が伝わったのか、櫻井さんはもう一度優しく笑う。
その顔に、自分の中の何かが揺れた。
けれど、それを悟られないように何でもない顔をした。

