しかし…
そこには母の姿どころか、誰もいなかった。


「あれ…変だな?
確かに、扉の向こう側に誰かがいたと思ったんだけど…」

首を傾げながら、薄暗い廊下を階段の方に向けて見つめていると、湿った空気がスーっと部屋の中へと流れ込んできた。


微かに混じるあの時の練炭の臭い…


その鼻をつく臭いに、カラオケボックスでの出来事が鮮明に思い出された。



ま、まさか!!



急に肩から重くのし掛かる空気と、背中に走る悪寒で膝がガクガクと震え始める。


しかし、すぐにその練炭の臭いは湿気を含んだ空気と共に、室内の明るさに溶け込み…消えた。

と同時に、付近に充満していた嫌な雰囲気も無くなった…



今のは一体何だったのだろう…


緊張していた全身の力を抜きふと足下を見ると、床が濡れている事に気付いた。

不思議に思い顔を上げて廊下を見ると…
まるで雨に打たれた人間が歩いて来たかの様に、ちょうど歩幅の間隔で濡れていた。


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