「本当に昌人を殴るのかって、ちょっと怖かった」

「栗山くんがケガするのが?」

「違う。蒼ちゃんが傷付くのが」

「……俺?」


蒼ちゃんがふっと笑った。


「なんで俺が傷付くの?」

「蒼ちゃんは優しいから……人を殴ったら自分を責めちゃうと思った」

「責めないよ。心底腹が立つ相手を殴っても平静でいられるほど、俺はできてない」


「俺はね、とも」蒼ちゃんはお互いの息遣いまで聞こえてしまいそうなくらいまで顔を近付けた。


「ともを振ったのに、更にともの悪口を言うあいつに心底腹が立った。ともを傷つける奴が許せないんだよ。とものためじゃない、俺が勝手に腹立ったから突っ掛かったの。俺、ともが思ってるほど優しくもないし、善人でもなんでもない。自分の感情で手を上げるような勝手な男だよ」

「でも、蒼ちゃんは」


あたしは蒼ちゃんの頬に手を当てた。


「あたしの痛みを誰よりもわかってくれたから」

「とも」

「蒼ちゃんはすごく優しいよ。だから、本当に殴らなかったんでしょ。誰かを傷つけたら、他の誰かも傷付くってわかってるから」


蒼ちゃんの顔がわずかに歪む。瞳が大きく揺れた。


「違う、違うよ、とも」


蒼ちゃんの瞳から大粒の涙が零れた。