それから蒼ちゃんの右手があたしの顔の左横の壁についた。


うん、逃げ場なし。


妙に落ち着いているのはたぶん眼鏡を外されたせいだ。


「蒼ちゃん、お礼って」


あたしが口を開くと蒼ちゃんはあたしの耳に唇を寄せた。


「体で払ってもらうってこと」


いつもの5倍は低い声で蒼ちゃんが囁いた。


くすりと笑って漏れた吐息があたしの耳にかかって、あたしの体がびくりと震えた。


目の前の蒼ちゃんはにやりと笑って、下手したら本当の意味で食べられちゃうんじゃないかと思うような、なんだか獰猛な色気を放っていて、言うなれば「男」の顔をしていた。


その変貌ぶりに戸惑いを隠せなかったけど、不思議と怖くはなかった。


このまま流されてもいいかも……そう思ってしまうくらい。


おかしいな、昌人には絶対そんなこと思わなかったのに。