あたしの心、人混みに塗れて

「ともが好き」

「…………」

「俺の前から消えないでって言ったじゃん」

「…………」

「俺が一番嫌だったことを、ともはやった」

「知ってる」

「あの時、ともは消えないよって俺に言った。なのに、なんで嘘つくの」

「…………あたしはもう、いらないと思ったから」

「俺、そんなこと一言も言ってない」

「だって、蒼ちゃんの好きな人は、あたし以外にもいるから」


あたしは蒼ちゃんの肩に顔を埋めて涙を押し付けた。その拍子に眼鏡はずれてベッドに沈んだ。


「蒼ちゃんは残酷過ぎる。あたしに好きと言いながら平気で他の女を抱く。それが冗談なんかじゃないことをわかっているから、蒼ちゃんはあたしも鳴海さんも大事だってわかっているから…………余計に辛い」


蒼ちゃんは抱きしめる力を強めた。


「傍にいるのも辛い。見ているのも辛い。何も聞かないで抱かれるのも辛い。だからもう離れるしかないと思った。どんな形でもいいから傍にいてなんて、あたしには言えなかった。あたしは蒼ちゃんの一番じゃなきゃ嫌で、蒼ちゃんが他の女も大事だと思うのを傍で見ているのも嫌だ。蒼ちゃんは優し過ぎる。でもあたしは全然優しくない。そんな自分が大嫌い。だから、あたしがあたしをいらないものにしたの」


でも、会えない日々がこんなに辛くつまらないものだとは思わなかった。


蒼ちゃんがいなければ、あたしの世界はすぐに人混みに塗れて音もなく消えてゆく。


あたしはこの一年、抜け殻のように暮らした。


ただ記憶の中の蒼ちゃんだけを思って。