六つの夢

  新郎新婦が入場すると、来賓から拍手が割れるように起こった。二人とも幸せそうに宴会場の前の席にゆっくりと歩いて行っている。
 新郎はまだ背広の着こなしに慣れていないせいか、少し窮屈そうに見える。新婦の華やかな着物姿は眩しい。さすがに大和撫子。着物がよく似合う。
 敗戦の廃墟から再起する戦後間もないごろの結婚式。両家とも余裕はないが、できるだけの事はした。新郎は一月分の給料をした背広を一着作った。新婦が身に纏っているのはお母さんの着物。物質が不足している戦後はほとんどの人が生きていくだけで精一杯。新品同様の着物は超高級品。新婦のお母さんが戦争中もこの日のために大事に保管していた、と言う。お母さんが娘の幸せを願う気持ちを垣間見ることができる。
 貧乏来賓の中にはまだシャツとネクタイだけの人もいるが、戦争中の結婚式よりは大分華やかになった。祝辞もこれから国のために子供をたくさん作ることを言わなくなり、二人の門出を祝う言葉だけが送られている。
 鹿田は新婦忍の親友として出席した。忍は鹿田の小学校と中学校の同級生。忍はお見合いで決まった相手がいたが、結婚直前に新郎に会って、突然結婚の決心を翻した。親の猛反対を押し切って、新郎と結ばれた。
 これからバラ色の生活を送る新郎新婦を見て、鹿田は羨ましいとともに暗い気分になった。自分も二人のように平凡だけれども、幸せになりたいが、神様が微笑んでくれない。新郎は戦争の前線まで行ったが、傷一つ負わずに戻ってきた。剛史は戦場で傷を受けて、生死不明になっている。同じ戦場で戦ったのに、こうも運命が違うのか、と鹿田は運命のいたずらを感じざるを得ない。
 親友の晴れの日に暗いことを考えては行けない、と知っていながら、鹿田はどうしても自分と新婦の運命を比較してしまう。比較すればするほど、暗澹たる気持ちになる。
 鹿田が座っているのは新婦の親戚の席。鹿田は忍の親と姉は親しいが、親戚は面識のない人が多い。会話に入れない鹿田は聞役に徹している。
 親戚A:「忍ちゃんはきれいだわ。羨ましい」
 親戚B:「他人を羨ましがるじゃなくて、早く結婚しなさい」
 親戚A:「相手がいないわ」
 親戚B:「早く見つけなさい。女性の幸せは結婚です」
 親戚A:「そうかしら」
 親戚B:「もちろんそうです。結婚して、子供をつくる。これが女性の天命です。天命を知る人は幸せになります」
 親戚C:「結婚してよかった。生活は安定するし。子供が可愛い。目に入れても痛くありません。平凡だけど幸せ。したほうがいいわよ」
 親戚A:「聞きました?早く相手を見つけなさい。お見合いでもいいじゃないですか。早くしないと売れ残りになるわよ」
 親戚B:「驚かさないでよ」
 親戚A:「驚かすつもりはないわ。現実は厳しいです。男性が少ない時代。競争が激しいわよ。頑張りなさい」
 親戚B:「はい。明日から頑張りますわ」
 親戚C:「私が紹介してあげてもいいわ」
 親戚B:「お願いします」
 三人の何気ない会話は鹿田の心にずしんと響いている。女性の幸せは結婚と子供。女性の天命を知っているつもりだが、一人ではキャッチ・ボールができない。
 二時間の式は鹿田が複雑な気持ちで見ている中でアッと言う間に終了した。食糧難の戦後。披露宴中に贅沢とされるフランス料理が出されて、来賓が喜んだ。心ここにあらずの鹿田はなにを食べたのかを覚えていない。
 会場の入口で来賓を送る新郎新婦と新郎の家族。鹿田が現れると、新婦の忍が鹿田の手を握った。
 「純ちゃん、今日来てくださってありがとう」
 「おめでとう。幸せになってね」鹿田が忍の手を握り返した。
 「ありがとう。幸せになりますわ。純ちゃんも早く結婚して幸せになってね」忍は鹿田の事情をよく知っている。幸せになった忍は親友の幸せを願っている。
 「頑張ります」鹿田は無理に笑顔を作った。
 華やかな結婚披露宴に出席して、家路についた鹿田は虚しさに襲われた。結婚したくても、できない人がいる、と思うようになった。これも運命でしょうか、と嘆いた。