六つの夢

 合コンの翌日、私は橋本に電話をして、仙石の情報を求めた。
 「彼女に興味があるのか」橋本が単刀直入に聞いた。
 「そんなことはどうでもいいじゃないか。俺はただ彼女のことをもう少し知りたいだけ」私は橋本に説明するつもりはない。橋本は親友だが、私は彼に彩花のことを話したことがない。彩花との思い出はかけがえのないもの。たとえ親友でも分かちたくない。
 「興味がなければ知りたいと思わないだろう」橋本が知ったかぶりをした。
 「そう思いたければ思えばいい」
 「まあ、これはいいことだ」
 「どうして分かるんだ」 
 「まあ、勘で分かるさ」
 「相手にしてくれないかもしない」
 「それは腕次第だよ。仙石さんは柳田の友達の友達。柳田さんから合コンの話しを聞いて、参加することにした。実家は福島。一人子。東京に住んでいる。看護婦。以上」
 「もうないですか。このぐらいのことなら私は夕べ仙石さんから聞いた」
 「私も会ったことがなかったから、詳しいことは分からない」
 「電話するじゃなかった。電話代がもったいない」
 「頑張ってよ 。 。 。 ああ 。 。 。 仙石さんには彼氏がいるらしい」
 「らしい?」
 「そう。らしい」
 「どういうこと。いる?いない?」
 「いるらしい」
 
二週間後に私は仙石に会った。看護婦は休日も勤務する。しかも日勤と夜勤があって、デートの調整が難しい。私たちは新宿のクラウン・ホテル前で待ち合わせをした。このビジネス・ホテルの中には喫茶店があるが、あまり知られていない。お客さんはわりと少ないし、閑静な雰囲気がする。話しをするには持ってこいの場所。
 仙石は色が褪せたジーンズに濃紺のトレーナー。足が長く見えて、決まっている。彩花が二十歳になれば、仙石のような女性に変身するのかとうかは想像しにくいが、二人の雰囲気は似ている。
 「いつも元気そうですね」注文の飲物が来た後、私が仙石に視線を向けた。
 「そうですか」仙石が愛想笑いを口角に浮かべた。
 「そうです。看護婦の仕事は大変でしょう」
 「大変。でもやりがいがあるわ」
 「子供の時から看護婦になりたかったですか」
 「小学生の時にお母さんと病院にお見舞いに行ってから看護婦になりたい、と思うようになりました」
 「看護婦の労働環境は厳しいじゃないですか」
 「よく知っていますね」仙石が感心させられたような表情をした。
 私は今の看護婦の九K状況を改善しなければ、看護婦の人手不足は解消できない。自民党は影響力がある医師会にばっかり目を向けて、弱い看護婦の要望を無視してきた、と自民党を一刀両断にした。
 九Kとは汚い、きつい、危険、給料がやすい、休暇がない、化粧できない、(体調を維持するために)薬に頼る、結婚できない、そして、子供を作れないのこと。
 私の理論が飛躍した。戦後から今までほとんど自民党が政権を握っていることがいまのいろんな歪みの原因だ、と断言した。小泉総理が提唱している改革は政治、行政改革であり、日本を変えることができない。日本を変えるためには日本人の意識を改革しなければならない、と高らかに唱えた。
 「凄い理論ですね」とうとうと喋る私を仙石が遮った。
 「大した理論でもないですよ」私は得意げそうな顔をした。
 彩花といっしょに本を読んでから、習慣になり、私はいまでも本や新聞、雑誌を毎日読む。専門知識は身につけていないが、一般の社会問題は大体知っている。
 「四海さんはなんでも知っているようですね」
 「まあ、大体のことはわかります」
 「知らないことはありますか」
 私はふいに衝撃を覚えた。彩花に漢字を教えていた時、博学ぶりを見せようと、私は習ったばっかりの漢字の字源をながながと彩花に説明をした。彩花に、カズさんは知らないことはありませんか、と冷やかされたことがある。
 「分からないことはたくさんあります」私は思わず笑った。
 「どういうことですか」仙石は薄い笑いを浮かべた。
 「仙石さんのことはぜんぜん知りませんよ。仙石さんのことを教えてください」
 「私のこと!」仙石が頭を傾げた。「教えるほどのことはないわ」
 「なんでもいいから教えてください」
 「なにを教えればいいですか。大体のことは合コンの時に教えました」
 「じゃあ、私から聞いていいですか」
 「どうぞ」
 「彼氏がいるんですって」
 「 。 。 。 はい 。 。 。 」
 「彼氏のことを愛していますか」
 「どうしてですか」仙石の目が真剣になってきた。
 「 。 。 。 私と結婚してください」私は仙石の目をしっかり捉えている。
 「 。 。 。 」仙石が目を見張った。
 「お願いします」私が頭を下げた。
 「まだ会って二回目ですよ」仙石が私の顔を視線で撫でた。
 「一回でも百回でも同じじゃないですか。心が通じ合わない人は百回会っても、千回会っても結ばれません。一回でも運命の人は直感で分かります」
 「私は運命の人ですか」
 「はい。会った瞬間に分かりました。結婚してください」
 「 。 。 。 はい 。 。 。 」
 「ありがとう。仙石さんをかならず幸せにします」私が小指を出した。
 仙石が小指を出して、私と指を切った。彩花と指切りしたことを思い出した。これは運命により定められた道。私たちは運命で結ばれた。
 仙石の癖や好み、雰囲気などがあまりにも彩花に似ているので、両親も益子夫婦もびっくりしたが、私たちのことを心から喜んでいる。
 私たちは一月後に結婚した。二人の子供にも恵まれて、幸せに暮らしている。結婚して大分経ってから、私は仙石に、どうして一回しか会ったことのない私に、軽々と自分の一生を託したのか、と聞いたことがある。 
 仙石はあの時は当然のことをした、と思ったから、と言った。
 私は仙石は彩花の再来と、信じている。ばかばかしい話しだ、と見る人がいるに違いない。真実は小説よりも奇なり。信じられないような話しだけど、作り話ではない。これは私が体験した話し。