黒花が中学校三年の時に中野南台の公立中学校に編入した。お父さんが陸上自衛官であり、よく転勤する。自衛隊員は早ければ二年、遅くとも五年に一度は転勤する、と言われる。幹部になると、転勤の頻度が高くなる。幹部であるお父さんはこの十年間で八度引っ越しをした。これは珍しい例だが、たまにはる話し。この学校は黒花に取って、中学校三年間で三つ目の学校。
この年の秋に阪神タイガーズが東京オリンピックの年以来、二十一年ぶりにセリーグ優勝を成し遂げた。その後、日本シリーズで西武ライオンズを下して日本一となった。黒花はライオンズ球場でタイガーズが優勝を決めた試合をお父さんといっしょに見た。関東なのに、会場はタイガーズファンで埋め尽くされたことをいまでも覚えている。黒花もにわかファンになって、阪神に声援を送った。
黒花は引っ越しと転校に慣れて、いろんな場面をくぐり、たくましい。少々のことでは動じない肝の座った性格になった。
家の中は段ボール箱で一杯。これから片付けなければならない。お父さんは出張中。お母さんも黒花兄弟も前日の引っ越し疲れで寝坊した。目覚まし時計はどの段ボール箱に入っているのか覚えていない。目覚ましがなくても、体内時計で起きられる、と自信を持っていた。黒花はいつも目覚ましが鳴る少し前に自然に目が覚める。この体内時計が狂ったことがなかった。
誤算は自信過剰だった。どういうわけかこの朝は起床時間の三十分前に目が覚めた。もう少し寝られる、と目を閉じた黒花は目を開けて腕時計を見た時はびっくりして飛び上がった。時計の針は七時三十分を指している。黒花は慌ててお母さんと弟を叩き起こした。顔を洗っただけで朝飯も食べずに弟といっしょに学校に走った。お母さんは心配そうに学校へ疾走する二人の後姿を見ていた。
学校に着いた時はもうすでに朝礼が終わって、生徒がそれぞれの教室に入っていた。誰もいない校庭を見て、黒花は思わず顔を顰めた。やっぱり遅刻してしまった。転校初日の遅刻はまずい。黒花は教務室に行って先生に挨拶をして謝った。先生はまず弟の稔を中一の教室に連れて行ってから、黒花を中三A組の教室に連れて行った。
紹介された黒花は注目を一身に集めて、恥ずかしかった。黒花は学校を転々としていたけど、遅刻は一回もしたことがない。まさか転校初日に遅刻とは夢想しなかった。考えれば考えるほど自分に腹が立ち、情けなくなる。
転校初日はいつも新しいクラスメイトに自己紹介する。あがったことはなかった。この日は屈辱の遅刻をしたせいか、平常心を失い、焦る気持ちを抑えることができず、言葉をつかえてしまった。
一時間目は英語。黒花の得意の課目。汚名返上のために黒花は積極的に発言した。Which とwho のような関係代名詞をうまく使う黒花に先生も感心させられた。先生に褒められた黒花はやっと落ち着きを取り戻した。一時間目が終わると、黒花は緊張感から解き放たれてほっとした。
黒花が席から立ち上がって、トレイに行こうとした時に肩を叩かれた。振り向いて見ると、目の前に体がでかくて長身の生徒が立っている。見るからに体育会系。遅刻してきた黒花は慌てて教室に入り、与えられた席に座った。自分の後にこんなに体格のいい生徒が座っている、とは気づかなかった。
「長沢です。チョウと呼ばれている」男が自己紹介した。
「チョウさん。黒花です。よろしくお願いします」転校経験豊富な黒花はこの生徒は不良、と直感が働いた。
「遅刻はやめてくれ。途中から入ってくると、皆気が散る」長沢は子供に教え諭すような言い方をした。
「はい、済みません」もっともらしいことを言われて、黒花は謝るしかなかった。
「授業中は必要以上に質問や答えをしないで。他の人にもチャンスを与えなさい」
「はッ、はい」
「俺は柔道部。興味はありますか」
「いえ、野球です」
「野球か。これも体育会系。文化部の青っちょろいもやしよりいい」
「そうですか」
「そう思わないか」
「 。 。 。 はい」
「頑張って。なんかあったら相談に乗るよ」
「 。 。 。はい。ありがとう」
長沢と話しをした後、黒花は急いでトイレに行った。トイレは廊下の一番端にあり、黒花は走って行った。長沢との話しがちょっと時間がかかった。つぎの授業開始の時間が気になる。用を足している時にベルが鳴って、黒花は慌てて用を済ませて教室に戻った。
教室に着いた時はもう先生がすでに出席を取っている。黒花は先生に一礼をして、自分の席に戻った。長沢の批判的な冷たい眼差しを感じた。
この時間は数学。黒沢は控え目にして、一回だけわりと難しい因数分解の質問に答えた。これでクラスはこの編入生は優等生であることが分かった。長沢のことが気になって、黒花はこれ以上目立つことはしたくないが、他の生徒が質問に答えられなくなると、先生はどうしても視線を黒花に向ける。問いかけられるような視線を受けて、黒花は答えざるを得なくなる。
三時間目は国語。ここでも黒沢が実力を発揮して、存在感をアピールした。オールラウンドの優等生であることを証明した。早くも一目を置かれる存在となった。転校常連の黒花は最初は各地域の違う教科書に悩まされた。内容は大同小異であることに気づいた。国語や英語の場合、文章が違ってもレベルは同じ。基礎がしっかりしていれば、十分対応できる。黒花はしっかり復習をして徹底的に基礎力を身につけた。どこへ転校しても上位の成績をキープできるようになった。
午前中の授業が終了して、お昼はどうしょうか、と黒花は思考を巡らしている。長沢といっしょに行きたくない。他のクラスメイトとはほとんど言葉を交わしていない。誘われ待ちはしたくない。食堂に行けばなんとかなる、と見る黒花は立ち上がった。
黒花の前に二人の女の子が現れた。
「黒花君、出雲玲奈です。学級委員長です。こちらは三河優奈さんです。副学級委員長です」出雲は自己紹介してから隣りの三河を紹介した。
「よろしくお願いします」黒花は軽く頭を下げた。
出雲は黒絹のように艶のあるストレートな髪が肩まで伸びている。色白で透き通るような肌。吸い込まれそうな瞳。清楚な雰囲気を漂わす。黒花はなぜ出雲の存在に気づかなかったのか、と不思議がった。やっぱり遅刻して慌てたのか。
出雲の顔を見た瞬間、黒花は全身に電流が走って、頭が真っ白になったような衝撃を受けた。わけが分からないけど、心の底にピント来るものがあった。出雲も体の中に電流が流れるのを感じたようだ。一瞬、目と目が合い、お互いの想いを感じた。テレパシーが通じた。
「お昼を食べに行きましょうか」出雲が誘った。
「ああ 。 。 。はい」呆然状態から我に返った黒花は言った。
食堂で定食を買った三人は奥まった場所に席を取った。食事をしながら出雲は図書館の場所を初め、学校のことを説明した。担任は歴史と地理の上野篤志先生。歴史と地理は午後の授業。部活参加は奨励されるが、強制参加はしない。話しをしている出雲の顔が眩しすぎて、黒花は直視することができない。
「チョウ君に遅刻するな、と言われたでしょう」出雲がおかしそうな表情をした。
「へェー、どうして分かるのですか」黒花は瞠目した。
「遅刻する人にいつも言うの。本人は遅刻の常習犯。部活がありますので、早退はしませんけど」
「へェー、本当ですか」
「本当です」
「チョウ君は学校の番長のようなもの。いじめっ子。少し距離をおいたほうがいい、と思います。去年はある転校生がチョウ君にいじめられて、一月で別の中学校に転校した。先生もそのことを心配しています。なんかありましたらすぐ先生に知らせるように、と伝えるように言われました」出雲が黒花の顔を見て言った。
黒花は無言で頷いた。黒花が転校していた学校は全部公立。公立学校はさながら人間社会の小さな縮図のようなもの。性格も家庭環境も実に多種多様。奇人変人を含め、いろんなタイプの生徒がいる。黒花はもちろん転校した学校でいじめに遭遇したことがある。少々のことでは驚かない。
「チョウ君にいじめられた時は先生よりも玲奈ちゃんに言ったほうがいい、と思うわ」三河が意味ありげな表情で言った。
黒花が問いかけの視線を出雲に向けた。
出雲が恥ずかしそうに頬を染めた。「先生に言ったほうがいいわ」
黒花が物問い顔で三河を見た。
「チョウ君は玲奈ちゃんが好きです。一方的な片思いですけど。先生の言うことは聞かないが、玲奈ちゃんの言うことならなんでも聞きます。玲奈ちゃんだけが暴れ馬を馴らすことができます。学校のスーパーウマンです」三河がおかしさを抑えながら言った。先生も持てあます学校の巨体番長が出雲の前では子猫のように従順、と思うと噴き出して笑いたくなる。
「チョウ君の気持ちが分かります。男は可愛い子に弱い」黒花は二人を交互に見た。「先言った再転校の生徒。出雲さんに助けを求めなかったですか」
「再転校が決まってから出雲さんに相談したの。一歩遅かったけど、出雲さんに事情を話してからいじめは急にやみました」
「そうですか。僕もいじめられることがあるかもしれません。そういう時はお願いします」
赤い頬を一層赤く染めた出雲は話題を換えた。「ところで黒花君は英語が得意そうですけれども、いっしょに勉強しませんか」
「いっしょに勉強?」黒花は顔に疑問符を浮かべて出雲を見た。
「英語クラブです」
「英語クラブ。どんなことをするんですか」
「英語の本を読んだり、会話をしたりします」
「おもしろそうですね」
「やってみませんか。私たちは英語クラブの部員です。よかったら入ってください」
「毎日ですか」
「ウーン、週三回です」
黒花は学校の野球部に入りたかったが、隣りの男の子ショウちゃんに町内の野球チームに入るように誘われた。男の子の話しによると、学校の野球チームより町内会のチームのほうが強い。三年生部員は夏が終われば、引退して受験に集中する。夏まで半年ぐらいしかない。どうせ半年でやめなければならないなら、町内会のチームのほうが年間通してやれる。平日の練習はない。週末しか試合をやらない。受験勉強に多くの時間を割くことができる。しかも出雲といっしょに勉強できる。まさに一石二鳥。
「入れてください」
「英語が堪能な黒花君が来ますと、嬉しい」
「僕はそんなにできないよ」
「謙遜します」
「謙遜じゃありません」
「早速ですけど、今日は放課後に勉強会があります。来られますか」
「はい、行けます」黒花は帰宅して片付けを手伝わなければならないが、長沢と同じように、黒花は可愛い子に弱い。
この年の秋に阪神タイガーズが東京オリンピックの年以来、二十一年ぶりにセリーグ優勝を成し遂げた。その後、日本シリーズで西武ライオンズを下して日本一となった。黒花はライオンズ球場でタイガーズが優勝を決めた試合をお父さんといっしょに見た。関東なのに、会場はタイガーズファンで埋め尽くされたことをいまでも覚えている。黒花もにわかファンになって、阪神に声援を送った。
黒花は引っ越しと転校に慣れて、いろんな場面をくぐり、たくましい。少々のことでは動じない肝の座った性格になった。
家の中は段ボール箱で一杯。これから片付けなければならない。お父さんは出張中。お母さんも黒花兄弟も前日の引っ越し疲れで寝坊した。目覚まし時計はどの段ボール箱に入っているのか覚えていない。目覚ましがなくても、体内時計で起きられる、と自信を持っていた。黒花はいつも目覚ましが鳴る少し前に自然に目が覚める。この体内時計が狂ったことがなかった。
誤算は自信過剰だった。どういうわけかこの朝は起床時間の三十分前に目が覚めた。もう少し寝られる、と目を閉じた黒花は目を開けて腕時計を見た時はびっくりして飛び上がった。時計の針は七時三十分を指している。黒花は慌ててお母さんと弟を叩き起こした。顔を洗っただけで朝飯も食べずに弟といっしょに学校に走った。お母さんは心配そうに学校へ疾走する二人の後姿を見ていた。
学校に着いた時はもうすでに朝礼が終わって、生徒がそれぞれの教室に入っていた。誰もいない校庭を見て、黒花は思わず顔を顰めた。やっぱり遅刻してしまった。転校初日の遅刻はまずい。黒花は教務室に行って先生に挨拶をして謝った。先生はまず弟の稔を中一の教室に連れて行ってから、黒花を中三A組の教室に連れて行った。
紹介された黒花は注目を一身に集めて、恥ずかしかった。黒花は学校を転々としていたけど、遅刻は一回もしたことがない。まさか転校初日に遅刻とは夢想しなかった。考えれば考えるほど自分に腹が立ち、情けなくなる。
転校初日はいつも新しいクラスメイトに自己紹介する。あがったことはなかった。この日は屈辱の遅刻をしたせいか、平常心を失い、焦る気持ちを抑えることができず、言葉をつかえてしまった。
一時間目は英語。黒花の得意の課目。汚名返上のために黒花は積極的に発言した。Which とwho のような関係代名詞をうまく使う黒花に先生も感心させられた。先生に褒められた黒花はやっと落ち着きを取り戻した。一時間目が終わると、黒花は緊張感から解き放たれてほっとした。
黒花が席から立ち上がって、トレイに行こうとした時に肩を叩かれた。振り向いて見ると、目の前に体がでかくて長身の生徒が立っている。見るからに体育会系。遅刻してきた黒花は慌てて教室に入り、与えられた席に座った。自分の後にこんなに体格のいい生徒が座っている、とは気づかなかった。
「長沢です。チョウと呼ばれている」男が自己紹介した。
「チョウさん。黒花です。よろしくお願いします」転校経験豊富な黒花はこの生徒は不良、と直感が働いた。
「遅刻はやめてくれ。途中から入ってくると、皆気が散る」長沢は子供に教え諭すような言い方をした。
「はい、済みません」もっともらしいことを言われて、黒花は謝るしかなかった。
「授業中は必要以上に質問や答えをしないで。他の人にもチャンスを与えなさい」
「はッ、はい」
「俺は柔道部。興味はありますか」
「いえ、野球です」
「野球か。これも体育会系。文化部の青っちょろいもやしよりいい」
「そうですか」
「そう思わないか」
「 。 。 。 はい」
「頑張って。なんかあったら相談に乗るよ」
「 。 。 。はい。ありがとう」
長沢と話しをした後、黒花は急いでトイレに行った。トイレは廊下の一番端にあり、黒花は走って行った。長沢との話しがちょっと時間がかかった。つぎの授業開始の時間が気になる。用を足している時にベルが鳴って、黒花は慌てて用を済ませて教室に戻った。
教室に着いた時はもう先生がすでに出席を取っている。黒花は先生に一礼をして、自分の席に戻った。長沢の批判的な冷たい眼差しを感じた。
この時間は数学。黒沢は控え目にして、一回だけわりと難しい因数分解の質問に答えた。これでクラスはこの編入生は優等生であることが分かった。長沢のことが気になって、黒花はこれ以上目立つことはしたくないが、他の生徒が質問に答えられなくなると、先生はどうしても視線を黒花に向ける。問いかけられるような視線を受けて、黒花は答えざるを得なくなる。
三時間目は国語。ここでも黒沢が実力を発揮して、存在感をアピールした。オールラウンドの優等生であることを証明した。早くも一目を置かれる存在となった。転校常連の黒花は最初は各地域の違う教科書に悩まされた。内容は大同小異であることに気づいた。国語や英語の場合、文章が違ってもレベルは同じ。基礎がしっかりしていれば、十分対応できる。黒花はしっかり復習をして徹底的に基礎力を身につけた。どこへ転校しても上位の成績をキープできるようになった。
午前中の授業が終了して、お昼はどうしょうか、と黒花は思考を巡らしている。長沢といっしょに行きたくない。他のクラスメイトとはほとんど言葉を交わしていない。誘われ待ちはしたくない。食堂に行けばなんとかなる、と見る黒花は立ち上がった。
黒花の前に二人の女の子が現れた。
「黒花君、出雲玲奈です。学級委員長です。こちらは三河優奈さんです。副学級委員長です」出雲は自己紹介してから隣りの三河を紹介した。
「よろしくお願いします」黒花は軽く頭を下げた。
出雲は黒絹のように艶のあるストレートな髪が肩まで伸びている。色白で透き通るような肌。吸い込まれそうな瞳。清楚な雰囲気を漂わす。黒花はなぜ出雲の存在に気づかなかったのか、と不思議がった。やっぱり遅刻して慌てたのか。
出雲の顔を見た瞬間、黒花は全身に電流が走って、頭が真っ白になったような衝撃を受けた。わけが分からないけど、心の底にピント来るものがあった。出雲も体の中に電流が流れるのを感じたようだ。一瞬、目と目が合い、お互いの想いを感じた。テレパシーが通じた。
「お昼を食べに行きましょうか」出雲が誘った。
「ああ 。 。 。はい」呆然状態から我に返った黒花は言った。
食堂で定食を買った三人は奥まった場所に席を取った。食事をしながら出雲は図書館の場所を初め、学校のことを説明した。担任は歴史と地理の上野篤志先生。歴史と地理は午後の授業。部活参加は奨励されるが、強制参加はしない。話しをしている出雲の顔が眩しすぎて、黒花は直視することができない。
「チョウ君に遅刻するな、と言われたでしょう」出雲がおかしそうな表情をした。
「へェー、どうして分かるのですか」黒花は瞠目した。
「遅刻する人にいつも言うの。本人は遅刻の常習犯。部活がありますので、早退はしませんけど」
「へェー、本当ですか」
「本当です」
「チョウ君は学校の番長のようなもの。いじめっ子。少し距離をおいたほうがいい、と思います。去年はある転校生がチョウ君にいじめられて、一月で別の中学校に転校した。先生もそのことを心配しています。なんかありましたらすぐ先生に知らせるように、と伝えるように言われました」出雲が黒花の顔を見て言った。
黒花は無言で頷いた。黒花が転校していた学校は全部公立。公立学校はさながら人間社会の小さな縮図のようなもの。性格も家庭環境も実に多種多様。奇人変人を含め、いろんなタイプの生徒がいる。黒花はもちろん転校した学校でいじめに遭遇したことがある。少々のことでは驚かない。
「チョウ君にいじめられた時は先生よりも玲奈ちゃんに言ったほうがいい、と思うわ」三河が意味ありげな表情で言った。
黒花が問いかけの視線を出雲に向けた。
出雲が恥ずかしそうに頬を染めた。「先生に言ったほうがいいわ」
黒花が物問い顔で三河を見た。
「チョウ君は玲奈ちゃんが好きです。一方的な片思いですけど。先生の言うことは聞かないが、玲奈ちゃんの言うことならなんでも聞きます。玲奈ちゃんだけが暴れ馬を馴らすことができます。学校のスーパーウマンです」三河がおかしさを抑えながら言った。先生も持てあます学校の巨体番長が出雲の前では子猫のように従順、と思うと噴き出して笑いたくなる。
「チョウ君の気持ちが分かります。男は可愛い子に弱い」黒花は二人を交互に見た。「先言った再転校の生徒。出雲さんに助けを求めなかったですか」
「再転校が決まってから出雲さんに相談したの。一歩遅かったけど、出雲さんに事情を話してからいじめは急にやみました」
「そうですか。僕もいじめられることがあるかもしれません。そういう時はお願いします」
赤い頬を一層赤く染めた出雲は話題を換えた。「ところで黒花君は英語が得意そうですけれども、いっしょに勉強しませんか」
「いっしょに勉強?」黒花は顔に疑問符を浮かべて出雲を見た。
「英語クラブです」
「英語クラブ。どんなことをするんですか」
「英語の本を読んだり、会話をしたりします」
「おもしろそうですね」
「やってみませんか。私たちは英語クラブの部員です。よかったら入ってください」
「毎日ですか」
「ウーン、週三回です」
黒花は学校の野球部に入りたかったが、隣りの男の子ショウちゃんに町内の野球チームに入るように誘われた。男の子の話しによると、学校の野球チームより町内会のチームのほうが強い。三年生部員は夏が終われば、引退して受験に集中する。夏まで半年ぐらいしかない。どうせ半年でやめなければならないなら、町内会のチームのほうが年間通してやれる。平日の練習はない。週末しか試合をやらない。受験勉強に多くの時間を割くことができる。しかも出雲といっしょに勉強できる。まさに一石二鳥。
「入れてください」
「英語が堪能な黒花君が来ますと、嬉しい」
「僕はそんなにできないよ」
「謙遜します」
「謙遜じゃありません」
「早速ですけど、今日は放課後に勉強会があります。来られますか」
「はい、行けます」黒花は帰宅して片付けを手伝わなければならないが、長沢と同じように、黒花は可愛い子に弱い。
