夢五
JR新宿駅東口にある紀伊國屋書店の前は待ち合わせのメッカの一つ。いつも待ち合わせの人たちで溢れかえっている。午後五時から午後八時までの間は特に人多い。混んでいて活気がある。目当ての人が現れて、嬉しそうに手を振る人もいれば、待てど暮らせど現れない相手にイライラする人もいる。
黒花真一は女性が来る度に顔を確認するように見る。最後に会ったのは十年前。人間は、特に女性の場合は、十年も経てば全く別人にも見えたりする。一目見て、相手を識別する自信がない。昔のイメージはいまだに鮮明に脳裏に残っているが、女性は変わる。同一人物とは思えないぐらい変身することがある。
約束した通りに現れるのかどうかも分からない。約束したのは十年前。曜日に関係なく十年後の七夕の日の午後七時に万難を排して、紀伊國屋の前で会おう、と二人は堅く誓った。黒花はあの日の約束を片時も忘れたことがない。相手が約束を覚えているのかどうかは分からない。考えて見ればあまりにもバカらしい話し。十年前の子供同士の口約束をそこまで本気にする必要があるのだろうか、と何度も何度も繰り返し自問したが、答えは出ない。黒花は考えに考えた末、紀伊國屋に来ることにした。どうしても女性のことを忘れることができない。来なければ、一生後悔する気がするからだ。
黒花は約束の三十分前に来た。期待と不安が交錯しながら待っている。似ている女性を見た時は胸がどきっとした。待っているうちに少し落ち着きを取り戻した。時間がゆっくり流れていくような気がした。七時になっても現れないので、黒花の不安はどんどん増していく。約束の時間きっかりに現れる人は少ない、と知っていながら、黒花は焦りのようなものを感じる。
仕事で遅れたかもしれない。急な用事ができたかもしれない。忘れたかもしれない、と黒花は自分に言い聞かして、心を静めようとした。効果がない。周りはどんどん待ち人が現れて行ってしまって、だんだんと希望が萎んでいくようなそんな感じがする。イライラし始めた黒花は時計を見る回数が増えていく。
七時半過ぎても待ち人が現れない。黒花はじわじわと暗い絶望感に浸食されていく感じがする。ふと最悪のシナリオが頭に浮かんだ。仕事か急用で遅刻したのではない。忘れたのでもない。全然来る気がないかもしれない。そう思うと暗澹たる気持ちになる。
もう諦めたほうがいい、と思う気持ちと、せっかく来たから、もうちょっと頑張ろう、と思う気持ちが交錯するようになってきた。
肩まで髪の毛を伸ばしている女性が青信号点滅中に横断歩道を急いで渡り始めたのを見て、黒花はなけなしの希望が一遍に膨らんだ。すでに辺りに夜の帳が降りている。暗い。女性の顔はよく見えない。体型と雰囲気は当時の彼女に似ているような気がする。彼女も髪の毛を肩まで伸ばしていた。身長が百六十五センチぐらいですらりとしていた。あの時以来身長も体重も変わっていない。昔のイメージのまま。
黒花は走って来る女性を見て胸を撫で下ろした。黒花が一番懸念していたのはイメージの変化。彼女の当時のイメージを未だにそのまま抱いている。彼女のイメージが百八十度変わったらどうしょう、と考えたことは何度もある。考えてもしかたないことを深く考えすぎないようにしたけど。
紀伊國屋の一階に近づいて来た女性を見て黒花はひどく落胆した。離れたところから見ると似ている。近くで見る別人。黒花は多いに失望した。空気の抜けた風船のように、愕然と肩を落とした。
もう帰ろう、と黒花はつぶやいた。
JR新宿駅東口にある紀伊國屋書店の前は待ち合わせのメッカの一つ。いつも待ち合わせの人たちで溢れかえっている。午後五時から午後八時までの間は特に人多い。混んでいて活気がある。目当ての人が現れて、嬉しそうに手を振る人もいれば、待てど暮らせど現れない相手にイライラする人もいる。
黒花真一は女性が来る度に顔を確認するように見る。最後に会ったのは十年前。人間は、特に女性の場合は、十年も経てば全く別人にも見えたりする。一目見て、相手を識別する自信がない。昔のイメージはいまだに鮮明に脳裏に残っているが、女性は変わる。同一人物とは思えないぐらい変身することがある。
約束した通りに現れるのかどうかも分からない。約束したのは十年前。曜日に関係なく十年後の七夕の日の午後七時に万難を排して、紀伊國屋の前で会おう、と二人は堅く誓った。黒花はあの日の約束を片時も忘れたことがない。相手が約束を覚えているのかどうかは分からない。考えて見ればあまりにもバカらしい話し。十年前の子供同士の口約束をそこまで本気にする必要があるのだろうか、と何度も何度も繰り返し自問したが、答えは出ない。黒花は考えに考えた末、紀伊國屋に来ることにした。どうしても女性のことを忘れることができない。来なければ、一生後悔する気がするからだ。
黒花は約束の三十分前に来た。期待と不安が交錯しながら待っている。似ている女性を見た時は胸がどきっとした。待っているうちに少し落ち着きを取り戻した。時間がゆっくり流れていくような気がした。七時になっても現れないので、黒花の不安はどんどん増していく。約束の時間きっかりに現れる人は少ない、と知っていながら、黒花は焦りのようなものを感じる。
仕事で遅れたかもしれない。急な用事ができたかもしれない。忘れたかもしれない、と黒花は自分に言い聞かして、心を静めようとした。効果がない。周りはどんどん待ち人が現れて行ってしまって、だんだんと希望が萎んでいくようなそんな感じがする。イライラし始めた黒花は時計を見る回数が増えていく。
七時半過ぎても待ち人が現れない。黒花はじわじわと暗い絶望感に浸食されていく感じがする。ふと最悪のシナリオが頭に浮かんだ。仕事か急用で遅刻したのではない。忘れたのでもない。全然来る気がないかもしれない。そう思うと暗澹たる気持ちになる。
もう諦めたほうがいい、と思う気持ちと、せっかく来たから、もうちょっと頑張ろう、と思う気持ちが交錯するようになってきた。
肩まで髪の毛を伸ばしている女性が青信号点滅中に横断歩道を急いで渡り始めたのを見て、黒花はなけなしの希望が一遍に膨らんだ。すでに辺りに夜の帳が降りている。暗い。女性の顔はよく見えない。体型と雰囲気は当時の彼女に似ているような気がする。彼女も髪の毛を肩まで伸ばしていた。身長が百六十五センチぐらいですらりとしていた。あの時以来身長も体重も変わっていない。昔のイメージのまま。
黒花は走って来る女性を見て胸を撫で下ろした。黒花が一番懸念していたのはイメージの変化。彼女の当時のイメージを未だにそのまま抱いている。彼女のイメージが百八十度変わったらどうしょう、と考えたことは何度もある。考えてもしかたないことを深く考えすぎないようにしたけど。
紀伊國屋の一階に近づいて来た女性を見て黒花はひどく落胆した。離れたところから見ると似ている。近くで見る別人。黒花は多いに失望した。空気の抜けた風船のように、愕然と肩を落とした。
もう帰ろう、と黒花はつぶやいた。
