連休が開けてから、藤堂の会社の友達が次々とお見舞いに来た。部長も来て、藤堂が回復後の仕事の心配は必要がない、と言ってあげた。藤堂の仕事は事務系。車椅子に乗っても仕事はできる。部長のやさしい気持ちに藤堂は嬉しい涙を流した。最初落ち込んでいた藤堂も皆に励まされて、少しずつ明るさを取り戻した。
話しを聞きつけた黒田と播本も飛んできた。藤堂は二人をお互いに会わすつもりはなかったが、二人が仕事後に病院に行く時間は大体同じ、対面は避けられない。先に着いた黒田が大きな花束を病床の花瓶に入れている時に、播本が花束を抱えて現れた。藤堂は一瞬たじろいだが、二人をお互いに紹介した。
黒田も播本も勘で相手は競争者であることを察知したようだけど、顔には表情を出さずに挨拶して、大人の対応をした。
「事故のことは覚えています?」黒田が藤堂の足をちらっと見て言った。
「覚えていません。一瞬の衝撃だけ覚えています。目が覚めたら病院にいました」藤堂はいまでも目が覚めた時のショックを覚えている。
「痛くなかった?」手術のことを想像した黒田が顔を顰めた。
「手術の時は麻酔されましたので、感じなかった。麻酔が効かなくなってからのほうが痛かった」藤堂は手術の痛みよりも、足を失ったショックのほうが大きかった。
「これから大変でしょうけど、頑張ってくださいね」哀れむような微笑みが黒田の口元に浮かんだ。
「はい」藤堂は過去を忘れて、これからの人生を大切にすることにした。
「そろそろ行かないと」黒田が腕時計を見た。
「ありがとう」藤堂が笑顔を見せた。
「最近忙しいけど、また来ます。直りましたらまた食事に行きましょう」黒田は藤堂を見つめて言ったが、言葉は播本を意識していた。
「バイバイ」藤堂が手を振った。
黒田が帰った後、播本が観察するように藤堂の顔を眺めている。「体調はどうですか」
「大分よくなった」痛みが取れてから、藤堂は夜もよく眠れるようになった。
「いまのは彼氏?」聞きたくないことだが、播本は男として聞かずにはいられなかった。 「 。 。 。 友達」言葉に窮した藤堂は曖昧に答えた。
「回復後の仕事は」大体の事情を察知した播本は深く追及しなかった。
「大丈夫。いまの仕事をこれからもやらしてもらえます」怪我する前の藤堂は仕事をやめられたら自由で楽しいな生活を送ることができる、と考えていた。今は職場に一日でも早く復帰したい。
「それはよかった。頑張ってね」播本が安堵した微笑みを洩らした。
「ありがとう」お見舞いに来る人たちは皆励ましてくれる。藤堂は感謝する。怪我してから見えないものが見えるようになった気がした。
「もう帰らないと。治りましたらまたいっしょにどこかへ行きましょう」播本が立ち上がった。
「ありがとう。バイバイ」藤堂が微笑みを見せた。
「また来ます」病室を出る前に播本が振り返って言った。
この日、神内が藤堂と話しをしている時に谷が花束を持って出現した。藤堂の入院を聞いて、谷はすぐに見舞いに行きたかった。連日残業で遅くまで仕事をして、実現できなかった。
「藤堂さん、元気そうじゃありません」足を切断した藤堂は暗い顔をしている、と想像していた谷は元気そうな藤堂を見てほっとした。
「お陰様で大分元気になりました」藤堂が余裕の微笑みを口元に浮かべた。困難に立ち向かっていくと決めた藤堂は明るい。
「それはよかった」精神的に回復した友達を見て、谷は嬉しい。
「ああ、こちらは神内さん。私の幼なじみ」藤堂が神内を谷に紹介をした。「こちらは谷さん。会社の同僚です」
「初めまして」神内が挨拶をした。「なんか飲みますか。買ってきます」
「初めまして。私が買ってきます」恐縮した谷が慌てて言った。
「買ってきますよ」神内が譲らなかった。「お茶がいいですか。さゆちゃんは」
「はい、お茶をお願いします」
「私もお茶です」
神内が病室を出てから藤堂が谷に言った。「神内さんは私が谷さんに紹介する、と言った人。覚えています」
「神内さんがその人ですか。なかなかいい男じゃないですか」谷が冷静な声で言った。
「なかなかいい人でしょう。いっしょに帰って食事でもしたら」藤堂が智恵を貸した。
「藤堂さんは気がないですか」谷が病室の入口をちらっと見た。
「私?」藤堂が笑った。「幼なじみですもの。そういう気があれば、もっと早くデートしていたはずでしょう」
「ところで例の花屋さんですけれども」谷は花を毎日事務所に送る播本のことを花屋と呼んでいる。「花が来なくなった。見舞いに来ました?」
「一回来たきり。もう来ないじゃないですか。足のない女性を奥さんにもらう人はいません」藤堂は覚めた目で自分と播本の関係を見ている。
「もう一人は?」谷は藤堂から黒田のことを聞いたことがある。
「もう一人も一回来たきり。もう諦めましたわ」藤堂は二人がお見舞いに来た後、もう二度と会うことはない、と予感をしていた。幸か不幸か、その予感が的中した。二人の中から早く一人選びたい、と思わなくもないし、二人が来なくなってもそれほどの喪失感はない。こういう状況にならなければ、人間の本心はなかなか見えない、と藤堂は思うようになった。
「そうですか」谷は驚いた様子はなかった。「でも神内さんがいるじゃないですか」
「先ほど幼なじみだと言ったでしょう」藤堂は少しいらいらしてきた。
「藤堂さんは意外と灯台下暗しですね」谷が笑った。
「へェー」藤堂が驚いて瞠目した。
「気づかなかったのですか。神内さんが藤堂さんを見る時の目」谷は自分は秘密を知っている、というような悪戯ぽい微笑みを浮かべた。
藤堂は呆然として、頭を振った。そう言えば、小学校一年生の時に神内がラブ・レターをくれたことがあった。あれは二十年近く前の子供のころのこと。あれ以来真剣に考えたことがない。中学校も高校も同じ区内の学校だった。神内はそういう気配を一度も見せなかった。
「今度注意して見たら」谷が含み笑いをした。
「そうですか」藤堂が頭をひねた。
「お茶です」神内が買ったお茶を持ってきた。
谷に神内のことを言われた藤堂は、急に意識して恥ずかしくなり、神内の顔をまともに見ることができない。
神内が藤堂のパジャマ、服と日用品をバッグに入れた。明日は藤堂が退院する日、退院の準備はできている。神内は休みを取って、藤堂を家まで送ることにした。
「忘れ物はありませんね」神内がベッドの周りを見回した。
「ありません」忘れても大したものはない、と藤堂が見ている。
「とうとう退院する日が来ましたね。よく頑張りました」神内が藤堂の頑張りを誉めた。
「皆さんのお陰ですわ」入院で藤堂が人間的に成長した。生きていることを感謝するようになった。
「ところで、私は家を出て一人で生活することにした」神内がいきなり話題を変えた。
「どうしてですか」藤堂が怪訝そうな顔をした。家にいれば、食事や洗濯掃除など全部親にやってもらえる。そのほうが楽のはず。
「もういい年をしています。家を出たい。実家からそんなに離れていないですけれども」神内が純粋な瞳を藤堂に向けて微笑んだ。
「楽しそうですね」藤堂も家を出て、一人で暮らして見たい、と考えたことがある。足を失ってしまった今は非現実的。
「いっしょに来ませんか」神内がじっと藤堂の瞳を覗き込んでいる。
「これはひょっとしたら 。 。 。 」藤堂が開けた口を手で押さえた。
「プロポーズです」神内が言葉をつないだ。
「私は足のない女です」藤堂は自分の足のことを意識するようになった。
「そんなことは考えたことがない」神内が一笑に付した。「私にとって、昔のさゆちゃんもいまのさゆちゃんも同じ」
藤堂の胸の中でじんわりと広がるものがあった。
「小学校一年生の時に、私が出したラブ・レターを覚えています?」
藤堂が頷いた。
「内容は?」
藤堂がかぶりを数回振った。
「さゆちゃんをまもって、しあわせにします、と書いてあった」
藤堂の瞳が潤んできた。「どうしてそういうことを覚えているの」
「最初で最後のラブ・レター。だから覚えている」
藤堂は感極まり、涙を流した。
「アパートは狭いですけれども、来てください」
「 。 。 。こういう時は 。 。 。 」藤堂は溢れる涙を拭いて、気持ちを整えた。「花束ぐらい持ってくるのが常識じゃありません」
「忘れちゃった。ご免」神内が頭を掻いた。「明日はちゃんと正装して、花束を持って来ます。来てくださいますか」
「お願いします。でも正式な答は明日にします」藤堂が幸せそうに微笑んだ。
神内が藤堂に口づけをした。
話しを聞きつけた黒田と播本も飛んできた。藤堂は二人をお互いに会わすつもりはなかったが、二人が仕事後に病院に行く時間は大体同じ、対面は避けられない。先に着いた黒田が大きな花束を病床の花瓶に入れている時に、播本が花束を抱えて現れた。藤堂は一瞬たじろいだが、二人をお互いに紹介した。
黒田も播本も勘で相手は競争者であることを察知したようだけど、顔には表情を出さずに挨拶して、大人の対応をした。
「事故のことは覚えています?」黒田が藤堂の足をちらっと見て言った。
「覚えていません。一瞬の衝撃だけ覚えています。目が覚めたら病院にいました」藤堂はいまでも目が覚めた時のショックを覚えている。
「痛くなかった?」手術のことを想像した黒田が顔を顰めた。
「手術の時は麻酔されましたので、感じなかった。麻酔が効かなくなってからのほうが痛かった」藤堂は手術の痛みよりも、足を失ったショックのほうが大きかった。
「これから大変でしょうけど、頑張ってくださいね」哀れむような微笑みが黒田の口元に浮かんだ。
「はい」藤堂は過去を忘れて、これからの人生を大切にすることにした。
「そろそろ行かないと」黒田が腕時計を見た。
「ありがとう」藤堂が笑顔を見せた。
「最近忙しいけど、また来ます。直りましたらまた食事に行きましょう」黒田は藤堂を見つめて言ったが、言葉は播本を意識していた。
「バイバイ」藤堂が手を振った。
黒田が帰った後、播本が観察するように藤堂の顔を眺めている。「体調はどうですか」
「大分よくなった」痛みが取れてから、藤堂は夜もよく眠れるようになった。
「いまのは彼氏?」聞きたくないことだが、播本は男として聞かずにはいられなかった。 「 。 。 。 友達」言葉に窮した藤堂は曖昧に答えた。
「回復後の仕事は」大体の事情を察知した播本は深く追及しなかった。
「大丈夫。いまの仕事をこれからもやらしてもらえます」怪我する前の藤堂は仕事をやめられたら自由で楽しいな生活を送ることができる、と考えていた。今は職場に一日でも早く復帰したい。
「それはよかった。頑張ってね」播本が安堵した微笑みを洩らした。
「ありがとう」お見舞いに来る人たちは皆励ましてくれる。藤堂は感謝する。怪我してから見えないものが見えるようになった気がした。
「もう帰らないと。治りましたらまたいっしょにどこかへ行きましょう」播本が立ち上がった。
「ありがとう。バイバイ」藤堂が微笑みを見せた。
「また来ます」病室を出る前に播本が振り返って言った。
この日、神内が藤堂と話しをしている時に谷が花束を持って出現した。藤堂の入院を聞いて、谷はすぐに見舞いに行きたかった。連日残業で遅くまで仕事をして、実現できなかった。
「藤堂さん、元気そうじゃありません」足を切断した藤堂は暗い顔をしている、と想像していた谷は元気そうな藤堂を見てほっとした。
「お陰様で大分元気になりました」藤堂が余裕の微笑みを口元に浮かべた。困難に立ち向かっていくと決めた藤堂は明るい。
「それはよかった」精神的に回復した友達を見て、谷は嬉しい。
「ああ、こちらは神内さん。私の幼なじみ」藤堂が神内を谷に紹介をした。「こちらは谷さん。会社の同僚です」
「初めまして」神内が挨拶をした。「なんか飲みますか。買ってきます」
「初めまして。私が買ってきます」恐縮した谷が慌てて言った。
「買ってきますよ」神内が譲らなかった。「お茶がいいですか。さゆちゃんは」
「はい、お茶をお願いします」
「私もお茶です」
神内が病室を出てから藤堂が谷に言った。「神内さんは私が谷さんに紹介する、と言った人。覚えています」
「神内さんがその人ですか。なかなかいい男じゃないですか」谷が冷静な声で言った。
「なかなかいい人でしょう。いっしょに帰って食事でもしたら」藤堂が智恵を貸した。
「藤堂さんは気がないですか」谷が病室の入口をちらっと見た。
「私?」藤堂が笑った。「幼なじみですもの。そういう気があれば、もっと早くデートしていたはずでしょう」
「ところで例の花屋さんですけれども」谷は花を毎日事務所に送る播本のことを花屋と呼んでいる。「花が来なくなった。見舞いに来ました?」
「一回来たきり。もう来ないじゃないですか。足のない女性を奥さんにもらう人はいません」藤堂は覚めた目で自分と播本の関係を見ている。
「もう一人は?」谷は藤堂から黒田のことを聞いたことがある。
「もう一人も一回来たきり。もう諦めましたわ」藤堂は二人がお見舞いに来た後、もう二度と会うことはない、と予感をしていた。幸か不幸か、その予感が的中した。二人の中から早く一人選びたい、と思わなくもないし、二人が来なくなってもそれほどの喪失感はない。こういう状況にならなければ、人間の本心はなかなか見えない、と藤堂は思うようになった。
「そうですか」谷は驚いた様子はなかった。「でも神内さんがいるじゃないですか」
「先ほど幼なじみだと言ったでしょう」藤堂は少しいらいらしてきた。
「藤堂さんは意外と灯台下暗しですね」谷が笑った。
「へェー」藤堂が驚いて瞠目した。
「気づかなかったのですか。神内さんが藤堂さんを見る時の目」谷は自分は秘密を知っている、というような悪戯ぽい微笑みを浮かべた。
藤堂は呆然として、頭を振った。そう言えば、小学校一年生の時に神内がラブ・レターをくれたことがあった。あれは二十年近く前の子供のころのこと。あれ以来真剣に考えたことがない。中学校も高校も同じ区内の学校だった。神内はそういう気配を一度も見せなかった。
「今度注意して見たら」谷が含み笑いをした。
「そうですか」藤堂が頭をひねた。
「お茶です」神内が買ったお茶を持ってきた。
谷に神内のことを言われた藤堂は、急に意識して恥ずかしくなり、神内の顔をまともに見ることができない。
神内が藤堂のパジャマ、服と日用品をバッグに入れた。明日は藤堂が退院する日、退院の準備はできている。神内は休みを取って、藤堂を家まで送ることにした。
「忘れ物はありませんね」神内がベッドの周りを見回した。
「ありません」忘れても大したものはない、と藤堂が見ている。
「とうとう退院する日が来ましたね。よく頑張りました」神内が藤堂の頑張りを誉めた。
「皆さんのお陰ですわ」入院で藤堂が人間的に成長した。生きていることを感謝するようになった。
「ところで、私は家を出て一人で生活することにした」神内がいきなり話題を変えた。
「どうしてですか」藤堂が怪訝そうな顔をした。家にいれば、食事や洗濯掃除など全部親にやってもらえる。そのほうが楽のはず。
「もういい年をしています。家を出たい。実家からそんなに離れていないですけれども」神内が純粋な瞳を藤堂に向けて微笑んだ。
「楽しそうですね」藤堂も家を出て、一人で暮らして見たい、と考えたことがある。足を失ってしまった今は非現実的。
「いっしょに来ませんか」神内がじっと藤堂の瞳を覗き込んでいる。
「これはひょっとしたら 。 。 。 」藤堂が開けた口を手で押さえた。
「プロポーズです」神内が言葉をつないだ。
「私は足のない女です」藤堂は自分の足のことを意識するようになった。
「そんなことは考えたことがない」神内が一笑に付した。「私にとって、昔のさゆちゃんもいまのさゆちゃんも同じ」
藤堂の胸の中でじんわりと広がるものがあった。
「小学校一年生の時に、私が出したラブ・レターを覚えています?」
藤堂が頷いた。
「内容は?」
藤堂がかぶりを数回振った。
「さゆちゃんをまもって、しあわせにします、と書いてあった」
藤堂の瞳が潤んできた。「どうしてそういうことを覚えているの」
「最初で最後のラブ・レター。だから覚えている」
藤堂は感極まり、涙を流した。
「アパートは狭いですけれども、来てください」
「 。 。 。こういう時は 。 。 。 」藤堂は溢れる涙を拭いて、気持ちを整えた。「花束ぐらい持ってくるのが常識じゃありません」
「忘れちゃった。ご免」神内が頭を掻いた。「明日はちゃんと正装して、花束を持って来ます。来てくださいますか」
「お願いします。でも正式な答は明日にします」藤堂が幸せそうに微笑んだ。
神内が藤堂に口づけをした。
