六つの夢

 藤堂から話しを聞いた神内がげらげら笑っている。悪いと思って藤堂の顔を見ると、また笑ってしまう。
 「笑うことじゃないでしょう」藤堂が口を尖らしたが、幼稚園から小中高の同級生だった神内にはなんでも話せる。
 「ご免 。 。 。 」神内が笑いを必死に堪えている。「また同時に誘われたらどうします」
 「困ります」藤堂が途方にくれているような顔をした。
 「あの二人は旅行に誘った後、プロポーズするかもしれない。心の準備はできているのですか」神内が冗談をめかした口調で現状を分析した。
 藤堂が頭を振った。二人と食事をしてからあれこれ考えたが、決心がつかない。
 「いつまでもこういう状態でいるのはあまりいいことじゃない」神内がお母さんと同じようなことを言った。
 「それは分かっています」
 「二人の中から一人選べばいいじゃないですか」
 「選ぶ基準が分かりません。二人とも嫌いなタイプではない」
 「二人と付き合うことができても、結婚はできない。いずれはその中から選ばなければならない。長く付き合ったら断られるほうが可哀想」
 「どうすればいいですか」
 「二人と別れて、別の人と付き合う」
 「それはできません」
 「二人と結婚する」
 「そんなことできる分けがないでしょう」
 「できなくはない。男ができることは女性もできる。月水金はA.火木土はB.日曜は休み。夢のような暮らしを享受できる。俺がやってみたいよ」
 「二人の男と結婚することですか」
 「二人の女性と結婚したい。さゆちゃんのことを言っている」
 「いやだ」
 「コインを投げて決める」
 「いやだ」
 「二人にジャンケンしてもらう」
 「いやだ」
 「持っている財産の多少で決める」
 「いやだ」
 「IQで決める」
 「いやだ」
 「足の長さで決める」
 「いやだ」
 「同級生を集めて、決めてもらう」
 「いやだ」
 「俺がきめてやる」
 「いやだ」
「じゃあ、別れろう」
 「いやだ」
「これは出口なき堂々巡りじゃない。こうしょう。一人が諦めるまで、二人とずっと付き合う。二人とも恋敵がいることを知らないよね。二人を同時にデートに誘ったら」
 「それはいいアィディアですけど、私にはできそうもないわ」
 「ところでさゆちゃんは連休は予定があります」結論のない話しにうんざりしたのか、神内がいきなり話題を変えた。
 「予定はないですけれど」藤堂が神内を見て、物問いたげな顔をしていた。
 「友達とキャンプに行くけど、いっしょに来ます」神内がやさしい微笑みを見せながら言った。
 「行きたいけど、別の時にするわ」藤堂が少し考えてから頭を振った。
 「予定があるのですか」神内が表情を変えずに聞いた。
 「そうじゃないわ。一人でどこかへ行って将来のことを真剣に考えたいわ」藤堂は真面目な顔をしていた。
 「それもいいかもしれない。でもあまり悩まないほうがいいよ」神内が藤堂の悩みを見透かしたように言った。
 「ありがとう」
 久しぶりに神内といっしょに食事をして、結論は出せないが、ストレスの解消にはなった。藤堂は親友の有難みを知った。

 神内が友達と車で群馬県のキャンプ地に着いたのはお昼頃。久しぶりに大自然に戻って、神内は解放されたような気がする。会社と都会から離れるのは精神健康にいい。空気が美味しいし、時もゆっくりと流れているようにも感じる、一分一秒を争う都会とは別の世界。キャンプ地に来て、神内は人間らしさを取り戻した気がした。
 車を下りたキャンプの連中は地面に大きいビニール・シーツを敷いて、お昼の食物と飲物を並べた。晩飯は皆で作って食べる。お昼は作る時間がないため、持ってきたハムやソーセジ、サラダとパンなどを食べることにした。簡単な食事だけど、皆でいっしょに食べると美味しい。
 「譲二、夜はハヤシにします、それともカレーにします」神内が向かい側のリーダーの譲二に聞いた。
 「投票で決めましょうか」譲二が皆を見回した。「今夜はハヤシですか、カレーですか。カレーの人」
 大部分の人が手を上げた。
 「カレーに決まった」譲二が宣言した。
 「食べたら自由行動して、五時頃に集まって、ご飯を作りましょうか」神内が提案をした。神内はその間に川で魚を釣るつもりでいる。
 「夜が長いから、六時からでもいいじゃないです」もっと自由時間がほしい真由美は集合の時間を一時間延長したい。
 「六時から作り始めると、食べるのは大体八時ぐらいになってしまいます。お腹すいちゃうよ」大輔が異議を唱えた。
 「皆で作れば早くできます。大体七時ごろには食べられます」何回もキャンプをしたことがある祐子は食事を作る時間をよく把握している。
 「先にカレーを作っておけば早い。後はご飯を炊くだけです。私がカレーを作ってから川に行きます」神内がカレー作りを志願した。
 「私も手伝います」リーダーの譲二は神内一人にやらすわけには行かない。
 「男二人で大丈夫ですか」真由美が笑った。
 「じゃあ、真由美ちゃんも手伝ってください」譲二が余裕のある笑いを浮かべた。
 「いいわよ」調理が好きな真由美は快く引き受けた。
 料理は一人で作ったほうが美味しいが、皆で作れば楽しい。その分美味しくなる。神内は一人で作る予定だった。援軍がいれば、早くできる。早く川へ行くのも悪くない。釣りが好きな神内はそう考えると、胸がわくわくする。
 神内がちょうどお昼を食べ終わって、片づけをしょうとする時にポケットの中の携帯が振動し始めた。電話には出たくないが、無視することもできない神内は仕方なく携帯を取り出した。
 「大ちゃん?」受話器から緊張した声がした。
 「お母さん?どうしました?」神内は電話の向こうからただならぬ気配を感じた。
 「さゆちゃんが交通事故を起こして入院したの」お母さんが一気に喋った。
 「本当?さゆちゃんは大丈夫ですか」神内はショックで頭が真っ白になった。
 「さゆちゃんのお母さんから電話がありました。重体みたい」幼なじみである二人のお母さん同士も付き合いがある。
 「すぐ帰ります」神内は早く帰りたくて、いてもたってもいられない。
 「早く帰って来なさい」お母さんが都内の病院に住所を教えた。
 電話を切った神内は譲二に話しをして、車で最寄りの駅まで送ってもらった。やっぱり無理しても藤堂を連れてくるべきだった、と神内は自責の念を噛みしめながら、悔やんでも悔やみ切れない。

 神内が病院に着いた時は、神内のお母さんと多佳子が手術室の前の椅子に座っている。多佳子はショックで真っ青な顔をしている。血走った目を宙に這わせている。神内が現れても気がつかなかった。神内が隣に座ってやっと気を取り戻した。
 多佳子によると、小百合は一人で車を運転して長野のペンションに行く予定だった。高速に入ってすぐ酔っぱらい運転に後から衝突された。命は別状ないが、両足を切断しなければならない。今手術をしている。
 夫が死亡した後、女の細腕で小百合を育てた多佳子は、足のない小百合のこれから人生を思うと、しくしくと涙を流して泣いている。
 慰めの言葉がない神内は、小百合は足を失うが、一命を取り留めたから不幸中の幸い、としか言いようがなかった。実際、後になって分かったが、小百合の車は酷く破損して、警察も小百合が助かったのは奇蹟だった、と指摘した。
 医者が手術室から出た時、多佳子は飛び上がり、走って手術室に入ろうとした。医者は手を伸ばして多佳子を止めた。
 「まだ麻酔から覚めていません」医者はそれでも前へ進もうとした多佳子の腕を掴んだ。
 「手術はどうだったですか」多佳子は医者の表情から結果を探ろうとした
 「成功しました。膝から下を切りました。義足が必要になります。肋骨のヒビはそのうちに自然に直ります。これから大変ですけれども、頑張れば普通の生活はできます」医者は大ざっぱに手術のことを説明した。
 多佳子はわっと泣き出した。手術前に足の切断を聞いて涙を流した。実際に医者から話しを聞くと、涙は堰を切ったように流れ出した。
 「さゆちゃんが聞こえますよ」お母さんが多佳子の肩を軽く抱いて椅子に連れ戻した。
 思い存分泣いた多佳子はバッグからハンカチを出して涙が拭いた。「私が頑張らないとだめだわ」
 「頑張ってね。前向きに生きていくしかないわ」お母さんが励ました。
 「そうよね。あの子の前で涙を見せては行けないわ」多佳子がバッグから鏡を出して顔を点検して直した。
 小百合のために前向きに生きる、と決めた多佳子の顔に生気が戻った。神内もお母さんも元気になった多佳子を見て、胸を撫で下ろした。母に気力があれば、怪我した娘の回復にもいい影響を与える。
 一時間後に三人は集中治療室に移された小百合に会うことが許された。小百合の顔は血が引いたように真っ白。三人を見ると、小百合は唇を噛みしめているにもかかわらず、ポロポロ涙をこぼしている。
 「大丈夫よ、すぐ直りますから」多佳子が小百合の額の汗を拭いて上げた。
 「足が 。 。 。 」小百合の涙顔が歪んだ。
 「今はあまり考えないほうがいいわ。まず怪我を直して、ねェ」多佳子はまず小百合に一日でも早く回復してほしい。
 「直ったらキャンプに行きましょう」神内が軽く小百合の手を握った。
 小百合は口を開けたが、なにも喋らなかった。
 神内は小百合がいわんとしたことを理解したように微笑んだ。「大丈夫。私といっしょなら行けます」
 小百合が微かに微笑みを浮かべた。
 五分間の面会はアッと言う間に終わり、三人は退室した。三人とも病院で一晩過ごすことにした。