合コンの場所はJR高田馬場駅の近くの居酒屋で行われる。駅を出た私は橋本を恨んだ。
会社に今年入社した新人女性社員に中に、私がわりと気に入った祐子という子がいる。人気者の祐子はよく男性社員にデートに誘われる。私も誘いたいと思いつつ、勇気がなくずっと言い出せずにいた。たまたま昨日残業して、いっしょに会社を出た。その時に日曜日に映画を見に行かないか、と訊ねた。日曜はもうすでに予定があり、土曜なら空いている、と言われた。土曜は合コンの日であり、私は千載一遇の好機を逸した。
居酒屋に着いた時はほとんどの参加者がもう来ている。幹事である橋本はいつも他の人より三十分ぐらい早く来る。私を見ると、橋本は嬉しそうに手を上げた。私は橋本の隣りに座った。
「また同じメンバーか」私は出席者を見回した。
「これから来るよ」橋本がしきりに視線をドアに向けた。
「早く終わりにしょう。家に帰ってウインブルドンを見たい」ほとんど会ったことがある参加者を見て、私は早く合コンを切り上げて帰りたい。
「なにを言っているんだ。折角来たんだから、ゆっくり飲もう」橋本は私を早く帰すつもりは毛頭もない。
その時、居酒屋のドアが開けられて、二人の女性が入ってきた。
「柳田さん、こっちへ来てください」二人が橋本と私の真ん中に座るように、橋本が席をずらした。
「すみません。遅くなりまして。友人の仙石です」柳田は橋本と私に連れてきた女性を紹介した。
仙石恵を一目見た途端、私の心の奥低にあったなにかがむくむくと起きてしまった。どこかで会ったことがあるような気がしたが、頭の中の記憶を辿っても思い出せない。
「仙石です。宜しくお願いします」仙石が立ち上がって、皆に一礼をした。
「宜しく」皆が異口同音に言った。
髪を短くカットしている仙石はスポーティで利発そうな顔をしている。目は深く澄んでいて、口元に明るい微笑が浮かんでいる。
「私は四海です。四つの海と書いて、しかいと読みます」私は座った仙石に自己紹介した。「私の名前も珍しいですが、仙石さんの名前も希少ですよね」
「はい、あまりいないです。四つの海。フォーシーズですか。いい名前ですね」仙石が微笑んだ。
フォーシーズという言葉を聞いて、私は感電したようにビリッと来た。いままでの人生の中で、私の名前をフォーシーズと言った人は一人しかいなかった。
「そうですか。死の海と言う人もいる」私は冗談めかした口調で言った。
「そういう人たちは夢のない人じゃないですか。四つの海に広がって行く。ロマンがあって、素敵じゃないですか」仙石が弾けるような微笑みを私に向けた。
「どうぞ」私は回ってきた大きなサラダ皿から自分の分を取った後、仙石に渡した。
仙石はキャベツや人参、セロリなどを自分の皿に入れた。トマトは取らなかった。
「トマトは嫌いですか」仙石の皿の野菜を見て私が聞いた。
「トマトは子供の時からだめです。お母さんには散々怒られましたわ」仙石が悪戯ぽっく舌を出した。
「全部好きな人いないじゃない」私が愛想笑いをした。「左利きですか」
「はい。これも直らなかった癖の一つです。お母さんは必死に直そうとしました。とうとう直らなかったわ。お母さんはもうあきらめました」仙石が声を上げて笑った。
話しが弾んで、私と仙石は回りの人たちを無視して、二人だけの世界にいる。橋本が私を鼓舞するように、頑張れ、とでもいうようなジェスチャーを送ってくれた。
仙石とは初対面だが、前から気心を知っている友達のような気がして、いくら話しをしても飽きない、話題が尽きない。仙石も私と意気投合していて、話しをすればするほどおもしろく感じている。
合コンはある程度時間が経つと、メンバーが席を換えって、他の人たちにチャンスを与える。私たちあまりにも楽しそうに話しているので、他の人が入る余地がない。
「仙石さんの趣味は」まだ会ってから二時間も経っていないが、私は仙石のことを全部知りたい。
「スポーツです」仙石が悠然と言った。
「スポーツ!」私の目はらんらんと輝いた。同じ趣味を持っていれば、付き合いやすくなる。「なんのスポーツですか」
「野球です」
「野球。ソフト」
「ウーン」仙石が頭を振った。「硬球です。小学校まで男の子といっしょに野球をやりました」
「硬球!凄い。今は」
「今はもうしていません。忙しくて」
「投手だったですか、野手だったですか」
「ショートでした」
「ショート!凄い。結構球が飛んできたじゃないですか」
「まあまあ飛んできました」
「小学生でも男の子は女の子より力があるじゃないですか。弾丸ライナーが飛んできた時は怖くなかったですか」
「弾丸ライナーよりデッドボールのほうが怖かったです。頭にデッドボールを受けたことがあります」
「頭にデッドボール 。 。 。 大丈夫だったですか」
仙石が軽く頷いた。
「今はどういう仕事をしていますか」
「看護婦です。四海さんは」
「広告の仕事をしています」私はポッケトから財布を出して、名刺一枚抜いて渡した。
「BMSなら私も聞いたことがあるわ。大きい会社ですね」仙石は私の名刺が見ながら言った。「一雄さん 。 。 。ワン・ヒーロー 。 。 。 ナンバーワン・ヒーロー。格好いい名前じゃないですか」
「へェ」私はどきっとして仙石を見た。
「一雄は英語に直せばナンバーワン・ヒーローじゃないですか」仙石は自分の新しい発見に喜んでいる。
私は不思議そうに仙石を見つめている。会った瞬間から初めての遭遇ではない、と思ったが、頭の中をいくら探っても、なにもイメージ浮かばなかった。「ナンバーワン・ヒーロー」という言葉はパズルの最後のピースのように、しかるべきところに入ると、すべてが見えてきた。
「仙石さんの誕生日はいつですか」
「十月二十日です」
「十月二十日!ひょっとしたら午後九時ごろ」
「ええ、どうして知っているんですか」
「生まれた時は病院まで間に合わず、車の中で生まれました」
「へェー、どうして!」
「もう一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ。四海さんは透視人間じゃないですよね」
「透視人間ではありません。仙石さんの首の後に注意しなければ気がつかないほど小さな痣はありますか」
「どうして分かるの」仙石は大きく瞠目して、私を凝視する。信じられないというような表情で頷いた。
偶然にしてはあまりにも出来過ぎた話し。小説や映画の中の話しなら分かるが、これは現実に起きた現象。誰も信じないだろう。やっぱり運命はあるのだろうか。
会社に今年入社した新人女性社員に中に、私がわりと気に入った祐子という子がいる。人気者の祐子はよく男性社員にデートに誘われる。私も誘いたいと思いつつ、勇気がなくずっと言い出せずにいた。たまたま昨日残業して、いっしょに会社を出た。その時に日曜日に映画を見に行かないか、と訊ねた。日曜はもうすでに予定があり、土曜なら空いている、と言われた。土曜は合コンの日であり、私は千載一遇の好機を逸した。
居酒屋に着いた時はほとんどの参加者がもう来ている。幹事である橋本はいつも他の人より三十分ぐらい早く来る。私を見ると、橋本は嬉しそうに手を上げた。私は橋本の隣りに座った。
「また同じメンバーか」私は出席者を見回した。
「これから来るよ」橋本がしきりに視線をドアに向けた。
「早く終わりにしょう。家に帰ってウインブルドンを見たい」ほとんど会ったことがある参加者を見て、私は早く合コンを切り上げて帰りたい。
「なにを言っているんだ。折角来たんだから、ゆっくり飲もう」橋本は私を早く帰すつもりは毛頭もない。
その時、居酒屋のドアが開けられて、二人の女性が入ってきた。
「柳田さん、こっちへ来てください」二人が橋本と私の真ん中に座るように、橋本が席をずらした。
「すみません。遅くなりまして。友人の仙石です」柳田は橋本と私に連れてきた女性を紹介した。
仙石恵を一目見た途端、私の心の奥低にあったなにかがむくむくと起きてしまった。どこかで会ったことがあるような気がしたが、頭の中の記憶を辿っても思い出せない。
「仙石です。宜しくお願いします」仙石が立ち上がって、皆に一礼をした。
「宜しく」皆が異口同音に言った。
髪を短くカットしている仙石はスポーティで利発そうな顔をしている。目は深く澄んでいて、口元に明るい微笑が浮かんでいる。
「私は四海です。四つの海と書いて、しかいと読みます」私は座った仙石に自己紹介した。「私の名前も珍しいですが、仙石さんの名前も希少ですよね」
「はい、あまりいないです。四つの海。フォーシーズですか。いい名前ですね」仙石が微笑んだ。
フォーシーズという言葉を聞いて、私は感電したようにビリッと来た。いままでの人生の中で、私の名前をフォーシーズと言った人は一人しかいなかった。
「そうですか。死の海と言う人もいる」私は冗談めかした口調で言った。
「そういう人たちは夢のない人じゃないですか。四つの海に広がって行く。ロマンがあって、素敵じゃないですか」仙石が弾けるような微笑みを私に向けた。
「どうぞ」私は回ってきた大きなサラダ皿から自分の分を取った後、仙石に渡した。
仙石はキャベツや人参、セロリなどを自分の皿に入れた。トマトは取らなかった。
「トマトは嫌いですか」仙石の皿の野菜を見て私が聞いた。
「トマトは子供の時からだめです。お母さんには散々怒られましたわ」仙石が悪戯ぽっく舌を出した。
「全部好きな人いないじゃない」私が愛想笑いをした。「左利きですか」
「はい。これも直らなかった癖の一つです。お母さんは必死に直そうとしました。とうとう直らなかったわ。お母さんはもうあきらめました」仙石が声を上げて笑った。
話しが弾んで、私と仙石は回りの人たちを無視して、二人だけの世界にいる。橋本が私を鼓舞するように、頑張れ、とでもいうようなジェスチャーを送ってくれた。
仙石とは初対面だが、前から気心を知っている友達のような気がして、いくら話しをしても飽きない、話題が尽きない。仙石も私と意気投合していて、話しをすればするほどおもしろく感じている。
合コンはある程度時間が経つと、メンバーが席を換えって、他の人たちにチャンスを与える。私たちあまりにも楽しそうに話しているので、他の人が入る余地がない。
「仙石さんの趣味は」まだ会ってから二時間も経っていないが、私は仙石のことを全部知りたい。
「スポーツです」仙石が悠然と言った。
「スポーツ!」私の目はらんらんと輝いた。同じ趣味を持っていれば、付き合いやすくなる。「なんのスポーツですか」
「野球です」
「野球。ソフト」
「ウーン」仙石が頭を振った。「硬球です。小学校まで男の子といっしょに野球をやりました」
「硬球!凄い。今は」
「今はもうしていません。忙しくて」
「投手だったですか、野手だったですか」
「ショートでした」
「ショート!凄い。結構球が飛んできたじゃないですか」
「まあまあ飛んできました」
「小学生でも男の子は女の子より力があるじゃないですか。弾丸ライナーが飛んできた時は怖くなかったですか」
「弾丸ライナーよりデッドボールのほうが怖かったです。頭にデッドボールを受けたことがあります」
「頭にデッドボール 。 。 。 大丈夫だったですか」
仙石が軽く頷いた。
「今はどういう仕事をしていますか」
「看護婦です。四海さんは」
「広告の仕事をしています」私はポッケトから財布を出して、名刺一枚抜いて渡した。
「BMSなら私も聞いたことがあるわ。大きい会社ですね」仙石は私の名刺が見ながら言った。「一雄さん 。 。 。ワン・ヒーロー 。 。 。 ナンバーワン・ヒーロー。格好いい名前じゃないですか」
「へェ」私はどきっとして仙石を見た。
「一雄は英語に直せばナンバーワン・ヒーローじゃないですか」仙石は自分の新しい発見に喜んでいる。
私は不思議そうに仙石を見つめている。会った瞬間から初めての遭遇ではない、と思ったが、頭の中をいくら探っても、なにもイメージ浮かばなかった。「ナンバーワン・ヒーロー」という言葉はパズルの最後のピースのように、しかるべきところに入ると、すべてが見えてきた。
「仙石さんの誕生日はいつですか」
「十月二十日です」
「十月二十日!ひょっとしたら午後九時ごろ」
「ええ、どうして知っているんですか」
「生まれた時は病院まで間に合わず、車の中で生まれました」
「へェー、どうして!」
「もう一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ。四海さんは透視人間じゃないですよね」
「透視人間ではありません。仙石さんの首の後に注意しなければ気がつかないほど小さな痣はありますか」
「どうして分かるの」仙石は大きく瞠目して、私を凝視する。信じられないというような表情で頷いた。
偶然にしてはあまりにも出来過ぎた話し。小説や映画の中の話しなら分かるが、これは現実に起きた現象。誰も信じないだろう。やっぱり運命はあるのだろうか。
