夢四
藤堂多佳子が湯呑を娘の小百合の前に置いた。小百合は美味しそうに飲んだ後、手を伸ばして湯呑を多佳子に渡した。多佳子はまたお茶を注いで小百合の前に置いた。
「今日はどうだった」多佳子が小百合の様子を窺った。
「ウーン」小百合が意味の分からないことを言った。
「今日は神内さんだった?」多佳子が子供を窘めるような口調で言った。
「はい」小百合が頷いた。
「さゆちゃんね」多佳子が語尾を強めて小百合の注意を引いた。「気がないのに、神内さんと付き合うのは悪いじゃないの」
「付き合ってないわよ。ただいっしょに食事をしただけ」小百合は頬を膨らました。
「女性はそう思っていても男はそう思わないでしょう」人生経験豊富な多佳子は男女間のややこしさをよく知っている。
「私たちはただの友達。最初から断ってあります。だからいっしょに食事したりするの。お母さんは心配することないわ」小百合が語気を強めた。
「じゃあ、黒田さんと播本さんはどうなの」多佳子がなじるような言い方をした。
「あの二人は特別」しつこく追及するお母さんに小百合が少しイライラしてきた。
小百合は黒田文彦と播本和己のことを本命だ、と言っているが、なかなか二者択一的判断をしない。神内大は幼稚園から小中高の時の同級生。気心が知れる親しい友達。多佳子もよく知っている。積極的にアタックする黒田と播本から息抜きしたい時に、小百合は神内と飲みに行ったりする。
「特別なら早く決めなさい」多佳子はまだ二十三才の小百合を急かすつもりはないが、同時に三人の男とデートするなら、早く決めた方が縁のない人に錯覚を与えないですむ。
「そんなことは簡単に決められるものじゃないでしょう。食物を選ぶのと違いますから」小百合が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。実際、小百合も困っている。黒田も播本も自分の理想に近い男性。取捨に迷う。どっちを選んでも、落選者に未練があるような気がする。
「そうでしょけど、長引いたほう皆に悪いじゃないの」多佳子は娘の気持ちが分かる。方法には賛同していない。
「じゃあ、お母さんが代わりに選んでよ」
「なにを言っているのよ。自分のことは自分で決めなさい」
「だから決めようとしているじゃないですか。時間がかかるのよ、こういうことは」
「そう言う意思があるようには見えないけど」
「お母さんが決めてよ」
「 。 。 。 分かった。私が決めて上げるわ。決められた後は文句を言わないでね」
「いやだ。余計なことをしないで」
「さゆちゃんが決めて、と言ったじゃないの」
「お母さんの彼氏は自分で決めて。私は自分の手で自分の相手を選びます」
「なにを言っているのよ、もう。私はオバンです。もう結婚する気がないわ」
「お母さんはまだ若いよ。お父さんが亡くなってから大分経ったし。もうそろそろ再婚のことを考えてもいいじゃないの」
「私はもういいの」
「紹介してあげましょうか。会社の加藤さん。この前お母さんが会社に寄った時に会ったでしょう。お母さんに気があるみたい。加藤さんはいい人ですから大賛成」
「なんで私の話しになったのですか」
「いいじゃないですか」
「よくありません」
「お母さんだってしょっちゅう私のことをうるさく言うじゃないですか」
「私はさゆちゃんを心配しています」
「私もお母さんのことを心配しています。私がお嫁に行ったらお母さん一人ぼっちになるでしょう。心配するわ」
「私のことは心配しなくていいの。自分のことを心配しなさい」
「心配しちゃからしょうがないでしょう」
二人はこの日も結論の出ない論争をした後、自分の部屋に戻った。
藤堂小百合が家から出た時は、黒田は既に家の前で車の中で待っている。黒田の家は大森にある。会社は新橋。藤堂の家は荻窪。会社は新宿だが、黒田は毎日朝、わざわざ大森から車で藤堂を新宿まで送る。
黒田は親が経営している広告代理会社で働いている。夜は遅くまで仕事をするため、朝の出勤は少々遅れても大目に見てもらえる。
毎日車で藤堂を迎えに来る黒田は近所では有名人になった。藤堂は恥ずかしい、と思うと同時に、優越感を満喫する。近所に金持ちの若いお嬢さんが相当いるが、彼氏が毎日朝、会社へ送ってもらえる人はいない。
「お早う」隣の席に座った藤堂に黒田が白い歯を見せた。
「お早う」藤堂の顔に満足げな微笑みが浮かんだ。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車ではなく、車で会社まで行けるのは嬉しい。
「藤堂さんのイヤリングが可愛い」藤堂の横顔をちらっと見た黒田が言った。
「ありがとう」誉められた藤堂の瞳に喜びの色が浮かんだ。イヤリングは最近買った。気づいてくれたことは女性としては嬉しい。
「藤堂さんイヤリングがあってもなくても可愛いけど」前を見て運転している黒田がちらりと目を藤堂に投げた。
「ありがとう」藤堂は笑顔満面。お世辞だと知っていながら、聞いて気が悪くなるはずがない。
「藤堂さん、日曜に食事に行きましょうか」黒田は一応週休二日だが、この土曜日は出勤しなければならない。日曜だけが空いている。日曜に藤堂とデートができなければ、来週まで待たなければならない。黒田としては藤堂からデートの約束をもらいたい。
藤堂がバッグから携帯を出して、自分のスケジュールをチェックした。本当は頭の中に一週間のスケジュールが入っている。女性としてのプライドがある。スケジュールを調べる格好をしてからデートの誘いに答えたい。
「はい。どこへ行きますか」
「新宿に新宿大飯店があります。ホンコンから新しいコックが来た。飲茶の小鉢料理の評判が凄くいいようだ」約束をもらった黒田は秘かな喜びを感じた。
「そうですか。私、飲茶の小鉢料理大好き」藤堂は吉祥寺の中華のお店で飲茶の小鉢料理を食べてから好きになった。
「七時にしましょう。例のところで」黒田が藤堂と新宿で待ち合わせをする時はいつも本屋の前にしてある。
「はい、七時にはかならず行きます」この前の約束の時間に大分遅れた藤堂は時間を強調した。男性が十分か二十分ぐらいレディーを待つのは当たり前だ、と思っているけど。
新宿駅の西口で下ろしてもらった藤堂は都庁方面にある会社のビルに向かって歩いて行く。貿易会社勤めの藤堂は仕事は好きだが、最近は威張るだけで仕事をしない山崎という男の先輩に辟易する。上司にはぺこぺこしているくせに、女性社員には威張り散らす。エレベーターに乗ると、山崎の顔が浮かび、藤堂は胃が収縮し始めたような気がする。
自分の席についた藤堂に谷美恵が羨ましそうな声で言った。「藤堂さん、花が来ましたよ」
藤堂のデスクの上に花束が置かれている。播本からの贈り物。播本は二ヶ月前から毎日花屋を通して藤堂に花束を送るようになった。藤堂は一躍話題の人になった。話しを聞きつけた他の部署の女性社員が昼休みにわざわざ見に来た人がいた。
「きれい」美しい花を見ると、藤堂の顔が明るくなった。
「花を送る人って、素敵な男性?」谷が小鼻に皺を寄せて、藤堂を覗き込んだ。
花の送り主を見た人がいない。皆どんな人であるのかを知りたがっている。
「格好いい」頷いた藤堂の頭に黒田が浮かんだ。どっちが素敵なのかはなかなか比較できない。
「私もそういう彼氏がほしい」彼氏がいない谷は花束を夢心地で見ている。
「谷さんはたくさんいそうじゃないですか」藤堂が目を谷に向けた。
谷は美人ではないが、明るくて、可愛い感じ。やさしくて、世話好き。男性社員の中でも評判がいい。人気女性社員の一人。
「よくそう言われるけど、男とは縁がないみたい」谷が悄然としている。
「そのうちにできるわよ」藤堂が慰めた。
谷のような素敵な女性に彼氏がいないのは可哀想だが、彼氏が二人もいるのも結構煩わしい。取捨選択を迫られることが多い。頭を悩ますことしきり。人間のことは難しい、と藤堂が初めて痛感した。
「待っているうちに年を取っちゃいます」谷が嘆息をした。
「紹介しましょうか」藤堂の頭を神内のことが掠めた。神内はまだ彼女がいない。谷といいカップルになるかもしれない。
「藤堂さんが在庫整理したい男性じゃないですよね」谷が慎み深い眼差しで藤堂を見つめている。
「そんな男を谷さんに紹介するわけがないでしょう」藤堂が笑った。「私の高校の同級生。背が高くて、格好いい人ですよ」
「藤堂さんの同級生。私より一つ下じゃないですか」谷は相手の年が気になる。
「一つぐらいいじゃないの。そんな堅いことを言わないで、会って見たら。向こうが会う気があればの話しですけど」藤堂が悠然とした態度で言った。
「じゃあ、三人で飲みに行きましょう」谷が折衷案を出した。三人で行けば、堅い雰囲気は避けられる。
「いいわよ。彼に聞いて見ますね」自分が他人に彼氏を紹介する、と思ったことがない藤堂が微笑んだ。
「藤堂さん、電話です」デスク二つ離れている山崎が叫んだ。
「はい、お願いします」藤党が自分のところの電話の受話器を取った。「もしもし」
「もしもし。お早う。播本ですけれども」
「お早う。お花、ありがとう」
「きれいな花ですか。私は依頼しただけで見ていない」
「きれいな花です」
「よかった。藤堂さん、土曜日は映画でも見に行きませんか」
「土曜ですか。はい」
「七時に始まりますので、六時半に有楽町の駅前で会いましょうか」
「はい」
「ありがとう。じゃあ、六時に会いましょう」
「じゃあ、バイバイ」電話を切った藤堂は鋭い視線を感じて顔を上げた。山崎が自分を睨み付けている。
「藤堂さん、会社にあまり個人電話をかけさせないようにしてください」山崎が不機嫌を絵に描いたような声で言った。
「はい、すみません」藤堂が頭を下げた。
「仕事中の私語も控えてください」山崎が追加注文をした。
「はい、気をつけます」藤堂は山崎の顔を見ないで言った。
山崎がきびすを返して自分の席に戻る時に、谷が手で頭の上をぐるぐると、二、三回回して、声を出さずに、バカ、と言った。藤堂が声を殺して笑った。
藤堂多佳子が湯呑を娘の小百合の前に置いた。小百合は美味しそうに飲んだ後、手を伸ばして湯呑を多佳子に渡した。多佳子はまたお茶を注いで小百合の前に置いた。
「今日はどうだった」多佳子が小百合の様子を窺った。
「ウーン」小百合が意味の分からないことを言った。
「今日は神内さんだった?」多佳子が子供を窘めるような口調で言った。
「はい」小百合が頷いた。
「さゆちゃんね」多佳子が語尾を強めて小百合の注意を引いた。「気がないのに、神内さんと付き合うのは悪いじゃないの」
「付き合ってないわよ。ただいっしょに食事をしただけ」小百合は頬を膨らました。
「女性はそう思っていても男はそう思わないでしょう」人生経験豊富な多佳子は男女間のややこしさをよく知っている。
「私たちはただの友達。最初から断ってあります。だからいっしょに食事したりするの。お母さんは心配することないわ」小百合が語気を強めた。
「じゃあ、黒田さんと播本さんはどうなの」多佳子がなじるような言い方をした。
「あの二人は特別」しつこく追及するお母さんに小百合が少しイライラしてきた。
小百合は黒田文彦と播本和己のことを本命だ、と言っているが、なかなか二者択一的判断をしない。神内大は幼稚園から小中高の時の同級生。気心が知れる親しい友達。多佳子もよく知っている。積極的にアタックする黒田と播本から息抜きしたい時に、小百合は神内と飲みに行ったりする。
「特別なら早く決めなさい」多佳子はまだ二十三才の小百合を急かすつもりはないが、同時に三人の男とデートするなら、早く決めた方が縁のない人に錯覚を与えないですむ。
「そんなことは簡単に決められるものじゃないでしょう。食物を選ぶのと違いますから」小百合が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。実際、小百合も困っている。黒田も播本も自分の理想に近い男性。取捨に迷う。どっちを選んでも、落選者に未練があるような気がする。
「そうでしょけど、長引いたほう皆に悪いじゃないの」多佳子は娘の気持ちが分かる。方法には賛同していない。
「じゃあ、お母さんが代わりに選んでよ」
「なにを言っているのよ。自分のことは自分で決めなさい」
「だから決めようとしているじゃないですか。時間がかかるのよ、こういうことは」
「そう言う意思があるようには見えないけど」
「お母さんが決めてよ」
「 。 。 。 分かった。私が決めて上げるわ。決められた後は文句を言わないでね」
「いやだ。余計なことをしないで」
「さゆちゃんが決めて、と言ったじゃないの」
「お母さんの彼氏は自分で決めて。私は自分の手で自分の相手を選びます」
「なにを言っているのよ、もう。私はオバンです。もう結婚する気がないわ」
「お母さんはまだ若いよ。お父さんが亡くなってから大分経ったし。もうそろそろ再婚のことを考えてもいいじゃないの」
「私はもういいの」
「紹介してあげましょうか。会社の加藤さん。この前お母さんが会社に寄った時に会ったでしょう。お母さんに気があるみたい。加藤さんはいい人ですから大賛成」
「なんで私の話しになったのですか」
「いいじゃないですか」
「よくありません」
「お母さんだってしょっちゅう私のことをうるさく言うじゃないですか」
「私はさゆちゃんを心配しています」
「私もお母さんのことを心配しています。私がお嫁に行ったらお母さん一人ぼっちになるでしょう。心配するわ」
「私のことは心配しなくていいの。自分のことを心配しなさい」
「心配しちゃからしょうがないでしょう」
二人はこの日も結論の出ない論争をした後、自分の部屋に戻った。
藤堂小百合が家から出た時は、黒田は既に家の前で車の中で待っている。黒田の家は大森にある。会社は新橋。藤堂の家は荻窪。会社は新宿だが、黒田は毎日朝、わざわざ大森から車で藤堂を新宿まで送る。
黒田は親が経営している広告代理会社で働いている。夜は遅くまで仕事をするため、朝の出勤は少々遅れても大目に見てもらえる。
毎日車で藤堂を迎えに来る黒田は近所では有名人になった。藤堂は恥ずかしい、と思うと同時に、優越感を満喫する。近所に金持ちの若いお嬢さんが相当いるが、彼氏が毎日朝、会社へ送ってもらえる人はいない。
「お早う」隣の席に座った藤堂に黒田が白い歯を見せた。
「お早う」藤堂の顔に満足げな微笑みが浮かんだ。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車ではなく、車で会社まで行けるのは嬉しい。
「藤堂さんのイヤリングが可愛い」藤堂の横顔をちらっと見た黒田が言った。
「ありがとう」誉められた藤堂の瞳に喜びの色が浮かんだ。イヤリングは最近買った。気づいてくれたことは女性としては嬉しい。
「藤堂さんイヤリングがあってもなくても可愛いけど」前を見て運転している黒田がちらりと目を藤堂に投げた。
「ありがとう」藤堂は笑顔満面。お世辞だと知っていながら、聞いて気が悪くなるはずがない。
「藤堂さん、日曜に食事に行きましょうか」黒田は一応週休二日だが、この土曜日は出勤しなければならない。日曜だけが空いている。日曜に藤堂とデートができなければ、来週まで待たなければならない。黒田としては藤堂からデートの約束をもらいたい。
藤堂がバッグから携帯を出して、自分のスケジュールをチェックした。本当は頭の中に一週間のスケジュールが入っている。女性としてのプライドがある。スケジュールを調べる格好をしてからデートの誘いに答えたい。
「はい。どこへ行きますか」
「新宿に新宿大飯店があります。ホンコンから新しいコックが来た。飲茶の小鉢料理の評判が凄くいいようだ」約束をもらった黒田は秘かな喜びを感じた。
「そうですか。私、飲茶の小鉢料理大好き」藤堂は吉祥寺の中華のお店で飲茶の小鉢料理を食べてから好きになった。
「七時にしましょう。例のところで」黒田が藤堂と新宿で待ち合わせをする時はいつも本屋の前にしてある。
「はい、七時にはかならず行きます」この前の約束の時間に大分遅れた藤堂は時間を強調した。男性が十分か二十分ぐらいレディーを待つのは当たり前だ、と思っているけど。
新宿駅の西口で下ろしてもらった藤堂は都庁方面にある会社のビルに向かって歩いて行く。貿易会社勤めの藤堂は仕事は好きだが、最近は威張るだけで仕事をしない山崎という男の先輩に辟易する。上司にはぺこぺこしているくせに、女性社員には威張り散らす。エレベーターに乗ると、山崎の顔が浮かび、藤堂は胃が収縮し始めたような気がする。
自分の席についた藤堂に谷美恵が羨ましそうな声で言った。「藤堂さん、花が来ましたよ」
藤堂のデスクの上に花束が置かれている。播本からの贈り物。播本は二ヶ月前から毎日花屋を通して藤堂に花束を送るようになった。藤堂は一躍話題の人になった。話しを聞きつけた他の部署の女性社員が昼休みにわざわざ見に来た人がいた。
「きれい」美しい花を見ると、藤堂の顔が明るくなった。
「花を送る人って、素敵な男性?」谷が小鼻に皺を寄せて、藤堂を覗き込んだ。
花の送り主を見た人がいない。皆どんな人であるのかを知りたがっている。
「格好いい」頷いた藤堂の頭に黒田が浮かんだ。どっちが素敵なのかはなかなか比較できない。
「私もそういう彼氏がほしい」彼氏がいない谷は花束を夢心地で見ている。
「谷さんはたくさんいそうじゃないですか」藤堂が目を谷に向けた。
谷は美人ではないが、明るくて、可愛い感じ。やさしくて、世話好き。男性社員の中でも評判がいい。人気女性社員の一人。
「よくそう言われるけど、男とは縁がないみたい」谷が悄然としている。
「そのうちにできるわよ」藤堂が慰めた。
谷のような素敵な女性に彼氏がいないのは可哀想だが、彼氏が二人もいるのも結構煩わしい。取捨選択を迫られることが多い。頭を悩ますことしきり。人間のことは難しい、と藤堂が初めて痛感した。
「待っているうちに年を取っちゃいます」谷が嘆息をした。
「紹介しましょうか」藤堂の頭を神内のことが掠めた。神内はまだ彼女がいない。谷といいカップルになるかもしれない。
「藤堂さんが在庫整理したい男性じゃないですよね」谷が慎み深い眼差しで藤堂を見つめている。
「そんな男を谷さんに紹介するわけがないでしょう」藤堂が笑った。「私の高校の同級生。背が高くて、格好いい人ですよ」
「藤堂さんの同級生。私より一つ下じゃないですか」谷は相手の年が気になる。
「一つぐらいいじゃないの。そんな堅いことを言わないで、会って見たら。向こうが会う気があればの話しですけど」藤堂が悠然とした態度で言った。
「じゃあ、三人で飲みに行きましょう」谷が折衷案を出した。三人で行けば、堅い雰囲気は避けられる。
「いいわよ。彼に聞いて見ますね」自分が他人に彼氏を紹介する、と思ったことがない藤堂が微笑んだ。
「藤堂さん、電話です」デスク二つ離れている山崎が叫んだ。
「はい、お願いします」藤党が自分のところの電話の受話器を取った。「もしもし」
「もしもし。お早う。播本ですけれども」
「お早う。お花、ありがとう」
「きれいな花ですか。私は依頼しただけで見ていない」
「きれいな花です」
「よかった。藤堂さん、土曜日は映画でも見に行きませんか」
「土曜ですか。はい」
「七時に始まりますので、六時半に有楽町の駅前で会いましょうか」
「はい」
「ありがとう。じゃあ、六時に会いましょう」
「じゃあ、バイバイ」電話を切った藤堂は鋭い視線を感じて顔を上げた。山崎が自分を睨み付けている。
「藤堂さん、会社にあまり個人電話をかけさせないようにしてください」山崎が不機嫌を絵に描いたような声で言った。
「はい、すみません」藤堂が頭を下げた。
「仕事中の私語も控えてください」山崎が追加注文をした。
「はい、気をつけます」藤堂は山崎の顔を見ないで言った。
山崎がきびすを返して自分の席に戻る時に、谷が手で頭の上をぐるぐると、二、三回回して、声を出さずに、バカ、と言った。藤堂が声を殺して笑った。
