桂城はスープンでコーヒーをかき混ぜながら心の動揺を静めようとしている。まさか下田に会うとは夢想しなかった。しかも自分の意中の人の母。運命のいたずらにしては残酷過ぎる。
そう言えば十文字の積極的な性格は下田にそっくり。桂城と下田は同じ大学に行ったが、同じ学部ではなかった。先に動いたのは下田。下田が桂城に接近して誘った。並んで座っている二人を見れば、輪郭がそっくり。醸し出す雰囲気もそっくり。カップを持つ時に小指が立つ癖やおでこに皺を寄せる癖も同じ。どうして気づかなかったのか、と桂城は自分の鈍感さにほとほと呆れている。
下田も桂城との想定外の遭遇に狼狽している。東京には一千万人以上の人がいる。よりによって娘が自分の昔の彼氏を恋人にする。これは神様が決めた恋い?下田は対応に途方にくれている。
十文字の問いかけるような視線に気づいた桂城は長くて、気まずい沈黙を破った。「同じ大学へ行きました」
「同級生だったですか」十文字がかわるがわるお母さんと桂城を見た。
「学部は違っていました」下田がやっと少し落ち着きを取り戻した。
「これは奇遇だわ」二人の過去を知らない十文字は不思議そうな顔をする。
「 。 。 。 奇遇?まあね、そう言えばそうかもしれない」桂城が言葉を濁らした。
「桂城さん、お母さんは変わりました?」お母さんの若い時の姿を十文字は知りたい。
「全然変わっていません」桂城が下田をちらりと一目見た。「相変わらず美人です」
入念に化粧して、ブランド服を着ているせいか、下田は余裕のある雰囲気を漂わしている。体型もほとんど変わっていない下田は熟女の魅力を十分に持っている。医者と結婚した、と聞いた。さぞかし優雅な生活をしている、と桂城が目の前の状況証拠で推測した。
「お母さん、桂城さんは変わりました?」十文字がお母さんに同じ質問を向けた。
「全然変わっていません」下田は桂城の目を見ないで、短い感想を述べた。
桂城は年を取ったわりには若く見える。役職についているせいか、貫禄ができた。中年の渋みも出て、昔にはない魅力を持っている。男はやっぱり歳月の浸食に強い。年を取っても時の流れに磨かれた魅力と風格を漂わす、と下田は思わずにはいられない。
三人は世間話に終始している。桂城はもう十文字との将来のことを聞く勇気がない。下田もできれば、少なくともこの日は娘の将来の話しを避けたい。下田は娘の幸せのために、娘の意思を尊重するつもりでいた。年齢差があっても、女性はやっぱり愛する人と結婚するのが一番幸せ。娘の恋人が、自分が昔、将来を約束したことがある人となると、心情的には受け入れがたい。
十文字は雰囲気から二人は同じ大学の学生以上の関係があったように捉えている。二人とも昔の話しを回避しているようで、聞かないことにした。二人が会った時の狼狽振りは見え見え。必死に平静を装って動揺を隠そうとした。二人の硬い表情、不自然な会話、無理に見せる笑顔などを見ると、やっぱり二人は同級生以上の関係があったに違いない、と十文字が見た。
桂城は重い足取りで高田馬場駅を下りた。先週、十文字に十文字のお母さんに会った後、次の日に高田馬場駅の近くにある欣隆という台湾レストランで食事をする約束をした。十文字のお母さんが、自分の昔の恋人だ、と知ってからはあまり行く気がしない。気持ちをきちんと整理する時間がほしいが、十文字は約束は約束だ、と言い張って譲らなかった。十文字は自分とお母さんの昔のことをあれこれ聞くに違いない。忘れたいことを聞かれるほどつらいことはない。
十文字はすでに駅前で待っている。桂城は十文字のお母さんに会ってから気が重くなった。十文字は相変わらず明るい顔をしている。桂城を認めると、手を振ってにっこりと笑った。
欣隆は早稲田通りを大学方面の反対側に歩いていく。スーパーの側の路地を下りて、左折してから五分ぐらいのところにある。桂城は友達といっしょに食べに行ってから、常連になった。
駅からちょっと離れたところにあるお店は土曜はわりと人が少ない。桂城と十文字は奥の席を取った。桂城はあまり食欲がないが、十文字のために、ニラ饅頭、ネギイカ、湯葉巻きなどを注文した。
十文字はよく中華を食べるけど、このお店の料理の美味しさに思わず口走った。「今度お母さんとお父さんを連れてきたいわ」
お母さん、と聞いた桂城の顔が曇った。
「昨日はびっくりしたのでしょう。お母さんはびっくりしたように見えましたわ」気づいた十文字が反応を見るように桂城を見据えている。
どう説明をすればいいのか、分からない桂城は頷いた。
「私はお母さんと桂城さんとの昔のことを聞くために今日来たじゃありません。私の関係ない世界で起きたことだからどうすることもできません」十文字が自分の考えを述べた。
「そうですか」桂城が意外そうな顔をした。「お母さんがなんか言いました?」
桂城も理論的には十文字と似たような発想を持っている。実際に難しい感情状況の中に置かれると、そう簡単には割り切れないものがある。
「なにも言わなかったわ。あの日の二人の表情を見ればある程度の察しがつきます」十文字の口角に微笑みが浮んだ。
男女のことは知られているにも関わらず、当事者は他人は知らない、と思う人が多い。お母さんも桂城もあの日はうまく十文字の目を誤魔化した、とたかをくくっていた。十文字は見事に二人の演出を見破った。
「そうですか 。 。 。 実は 。 。 。 」説明しょうとした桂城が口を噤んで語るのをやめた。千言万語、どこから始めればいいのか分からない。
「私が知りたいのは私たちの将来です」十文字は嘘も誤魔化しも許さないような視線を向けた。
「お母さんのことは気になりませんか」桂城が一呼吸を置いてから言った。
「気にしていたら今日は来ませんわ。私が生まれる前にできたことはしょうがないでしょう。私には私の人生があります」十文字が桂城を見つめたまま、静かに言葉をつないだ。
「私は気になります」
「どうして」
「だって、む 。 。 。知っている人の娘だからです」
「知らない人の娘なら問題ないですか」
「 。 。 。そうじゃないけど。そのほうが少しは気が楽になります」
「気持ちはよく分かります。でも私の気持ちを忘れないで」
「親が猛反対する時はどうします?」
「我が道を行きます」
「後悔しません」
「しません」
「ありがとう。私も亜佐美ちゃんを失いたくないから嬉しい」桂城の顔がやっと晴れてきた。「けど、少し時間をください。気持ちはやっぱり整理しなければならない」
若い十文字は勢いでどんどん前進する。若い人より周りのことがよく見えるようになった桂城はちゃんと気持ちを整理してから前へ進みたい。
「十年はかかりませんよね」十文字が皮肉まじりの口調で言った。
「今日の明日はできませんが、できるだけ早くすします」桂城がテーブルの上の十文字の手を握った。桂城が一番恐れていたのは過去のことで十文字を失うこと。十文字が過去を問題にしない、と表明した。桂城は自分の気持ちさえ整理すればいい。
話しがついた二人はやっと料理に集中するようになった。料理が美味しい、と連発する十文字に、桂城が近いうちに、また連れていてあげることを約束した。
そう言えば十文字の積極的な性格は下田にそっくり。桂城と下田は同じ大学に行ったが、同じ学部ではなかった。先に動いたのは下田。下田が桂城に接近して誘った。並んで座っている二人を見れば、輪郭がそっくり。醸し出す雰囲気もそっくり。カップを持つ時に小指が立つ癖やおでこに皺を寄せる癖も同じ。どうして気づかなかったのか、と桂城は自分の鈍感さにほとほと呆れている。
下田も桂城との想定外の遭遇に狼狽している。東京には一千万人以上の人がいる。よりによって娘が自分の昔の彼氏を恋人にする。これは神様が決めた恋い?下田は対応に途方にくれている。
十文字の問いかけるような視線に気づいた桂城は長くて、気まずい沈黙を破った。「同じ大学へ行きました」
「同級生だったですか」十文字がかわるがわるお母さんと桂城を見た。
「学部は違っていました」下田がやっと少し落ち着きを取り戻した。
「これは奇遇だわ」二人の過去を知らない十文字は不思議そうな顔をする。
「 。 。 。 奇遇?まあね、そう言えばそうかもしれない」桂城が言葉を濁らした。
「桂城さん、お母さんは変わりました?」お母さんの若い時の姿を十文字は知りたい。
「全然変わっていません」桂城が下田をちらりと一目見た。「相変わらず美人です」
入念に化粧して、ブランド服を着ているせいか、下田は余裕のある雰囲気を漂わしている。体型もほとんど変わっていない下田は熟女の魅力を十分に持っている。医者と結婚した、と聞いた。さぞかし優雅な生活をしている、と桂城が目の前の状況証拠で推測した。
「お母さん、桂城さんは変わりました?」十文字がお母さんに同じ質問を向けた。
「全然変わっていません」下田は桂城の目を見ないで、短い感想を述べた。
桂城は年を取ったわりには若く見える。役職についているせいか、貫禄ができた。中年の渋みも出て、昔にはない魅力を持っている。男はやっぱり歳月の浸食に強い。年を取っても時の流れに磨かれた魅力と風格を漂わす、と下田は思わずにはいられない。
三人は世間話に終始している。桂城はもう十文字との将来のことを聞く勇気がない。下田もできれば、少なくともこの日は娘の将来の話しを避けたい。下田は娘の幸せのために、娘の意思を尊重するつもりでいた。年齢差があっても、女性はやっぱり愛する人と結婚するのが一番幸せ。娘の恋人が、自分が昔、将来を約束したことがある人となると、心情的には受け入れがたい。
十文字は雰囲気から二人は同じ大学の学生以上の関係があったように捉えている。二人とも昔の話しを回避しているようで、聞かないことにした。二人が会った時の狼狽振りは見え見え。必死に平静を装って動揺を隠そうとした。二人の硬い表情、不自然な会話、無理に見せる笑顔などを見ると、やっぱり二人は同級生以上の関係があったに違いない、と十文字が見た。
桂城は重い足取りで高田馬場駅を下りた。先週、十文字に十文字のお母さんに会った後、次の日に高田馬場駅の近くにある欣隆という台湾レストランで食事をする約束をした。十文字のお母さんが、自分の昔の恋人だ、と知ってからはあまり行く気がしない。気持ちをきちんと整理する時間がほしいが、十文字は約束は約束だ、と言い張って譲らなかった。十文字は自分とお母さんの昔のことをあれこれ聞くに違いない。忘れたいことを聞かれるほどつらいことはない。
十文字はすでに駅前で待っている。桂城は十文字のお母さんに会ってから気が重くなった。十文字は相変わらず明るい顔をしている。桂城を認めると、手を振ってにっこりと笑った。
欣隆は早稲田通りを大学方面の反対側に歩いていく。スーパーの側の路地を下りて、左折してから五分ぐらいのところにある。桂城は友達といっしょに食べに行ってから、常連になった。
駅からちょっと離れたところにあるお店は土曜はわりと人が少ない。桂城と十文字は奥の席を取った。桂城はあまり食欲がないが、十文字のために、ニラ饅頭、ネギイカ、湯葉巻きなどを注文した。
十文字はよく中華を食べるけど、このお店の料理の美味しさに思わず口走った。「今度お母さんとお父さんを連れてきたいわ」
お母さん、と聞いた桂城の顔が曇った。
「昨日はびっくりしたのでしょう。お母さんはびっくりしたように見えましたわ」気づいた十文字が反応を見るように桂城を見据えている。
どう説明をすればいいのか、分からない桂城は頷いた。
「私はお母さんと桂城さんとの昔のことを聞くために今日来たじゃありません。私の関係ない世界で起きたことだからどうすることもできません」十文字が自分の考えを述べた。
「そうですか」桂城が意外そうな顔をした。「お母さんがなんか言いました?」
桂城も理論的には十文字と似たような発想を持っている。実際に難しい感情状況の中に置かれると、そう簡単には割り切れないものがある。
「なにも言わなかったわ。あの日の二人の表情を見ればある程度の察しがつきます」十文字の口角に微笑みが浮んだ。
男女のことは知られているにも関わらず、当事者は他人は知らない、と思う人が多い。お母さんも桂城もあの日はうまく十文字の目を誤魔化した、とたかをくくっていた。十文字は見事に二人の演出を見破った。
「そうですか 。 。 。 実は 。 。 。 」説明しょうとした桂城が口を噤んで語るのをやめた。千言万語、どこから始めればいいのか分からない。
「私が知りたいのは私たちの将来です」十文字は嘘も誤魔化しも許さないような視線を向けた。
「お母さんのことは気になりませんか」桂城が一呼吸を置いてから言った。
「気にしていたら今日は来ませんわ。私が生まれる前にできたことはしょうがないでしょう。私には私の人生があります」十文字が桂城を見つめたまま、静かに言葉をつないだ。
「私は気になります」
「どうして」
「だって、む 。 。 。知っている人の娘だからです」
「知らない人の娘なら問題ないですか」
「 。 。 。そうじゃないけど。そのほうが少しは気が楽になります」
「気持ちはよく分かります。でも私の気持ちを忘れないで」
「親が猛反対する時はどうします?」
「我が道を行きます」
「後悔しません」
「しません」
「ありがとう。私も亜佐美ちゃんを失いたくないから嬉しい」桂城の顔がやっと晴れてきた。「けど、少し時間をください。気持ちはやっぱり整理しなければならない」
若い十文字は勢いでどんどん前進する。若い人より周りのことがよく見えるようになった桂城はちゃんと気持ちを整理してから前へ進みたい。
「十年はかかりませんよね」十文字が皮肉まじりの口調で言った。
「今日の明日はできませんが、できるだけ早くすします」桂城がテーブルの上の十文字の手を握った。桂城が一番恐れていたのは過去のことで十文字を失うこと。十文字が過去を問題にしない、と表明した。桂城は自分の気持ちさえ整理すればいい。
話しがついた二人はやっと料理に集中するようになった。料理が美味しい、と連発する十文字に、桂城が近いうちに、また連れていてあげることを約束した。
