2005/12/25(日)

最高気温6℃。
降水確率0%。
晴天。

高い高い寒空の下、僕はミドリと川辺まで歩いた。
歩いたといっても、ミドリは車椅子に乗っていたし、点滴も外せなかったけど、とにかく二人で散歩をした。

風が冷たくて気持ちいい。とミドリは言った。

外出許可が下りたのだ。
でも、それが何を意味するのか、僕もミドリも知っていた。
ミドリがもう助からないということを、僕達二人は知っていた。
川の流れは穏やかで、水面は悲しいくらいに濁っていた。
僕は彼女にかけるべき言葉が見つからずに迷っていた。
空が茜色に変わっても、僕らはずっとそこに居た。

「ねえ、何か言ってよ」
彼女は言った。
「何か言ってくれないと、一人になっちゃったみたいだよ」




『そして私は星を数えることにした。
 そうすることで私は私の孤独を紛らわせようと思ったのだ。』

ミドリのデビュー作であり唯一の小説「五十億光年の星空」はこの一文からはじまる。
無人島に漂着したある男が、助けを求めることに疲れ果て、夜空を見上げるシーンから始まる。

『ここからは星が良く見える。
 何日も何日も私は星を数えつづけた。
 何年も何年も闇夜の光を追いつづけた。
 強い光、弱い光、瞬く光、蠢く光。
 それらを一つずつ丁寧に丁寧に数えた。
 夜空には大体五十億個の光が在った。
 それはこの地球上の人間の数に相当する。
 それは誰もがこの夜空に一つずつの光を持っているということを意味する。
 そしてそれらは、何百年、何億年の時を経て、私達の頭上に降り注ぐ。
 光はただひたむきに前だけを見据え、何も恐れるものがないかのように進むもの。
 それは言葉に似ていると私は思う。
 誰かの想いを乗せた言葉は、ただまっすぐに誰かの心へと突き進む。
 そこに恐れや迷いはない。
 ただ、伝わるということだけを信じて、闇を貫く。
 五十億の光。
 五十億の想念。
 私は果てしない闇の中で、
 それらをしっかりと受け止める。』