マユりんがご飯を作ってくれたらしい。
「元気が出るように、おいしいモノを作ってやる」とのことだったが、
手渡されたのは、妙に生気のない、くたっとした変な色の犬のぬいぐるみだった。
犬の口からは陰毛のようなものがはみ出ている。
背中にあるスイッチを押すと、岡村孝子の「夢をあきらめないで」が、ためらいがちに半音下げて流れた。

「何、これ」
私が言うと、
「元気が出るよ!」
とマユりんはガッツポーズをした。
「果てしなくダメなモノを見ると、頑張ろうって気になるでしょ?」

ああ、多分、「元気が出るおいしいもの」を考えるうちに、だんだん「おいしいもの」を忘れていってしまったのだろう。
よくあることだ。
買い物に行くのに、お金を落とすといけないからと、財布ごと家においてきてしまうマユりんだ。
よくある。

アンニュイな岡村孝子を聞くうち、私は朝から何も食べていないことを思い出し、
「元気は出たけど、お腹すいたよ」とマユりんに言うと、
彼女は「はい。天ぷらだよ」と、
明らかに「どん兵衛」の「あと乗せさくさく」の部分を持ってきて、
「私これ、好きなんだあ」と、一人でぽりぽり食べ始めて、
私も一口かじってみると、本当においしくて、
なんだか急に切ないようなそんな気分になって、涙があふれてきて、
マユりんに何度も何度も「ありがとう」と「ごめん」を言った。

あの事件から立ち直れた私だ。
今回も乗り切って見せる。
そんな気持ちさえ湧いてくるような夜だった。