木々の葉は、どれもが平等に、陽の光を浴びようとけして重なることなく交差して生える。
それは樹の作り……長く伸びた枝も全体で、工夫しているんだろう。
外からはあんなに暗く見えた森も、いざ入ってみると、緑色の光が射しこんで、昼間の森の空間になってた。
蝉の声が煩わしくない。
きっと緑色の光は、日光が葉と葉の間を縫って地面に差し込む時にその色に染まるんだろう。
明るい、幻想的な光……。
「(え、日光?)」
今日は曇り。
昨日の天気予報通り、厚い雲が今日は朝から空を覆っていた。
さっき入る時も曇り空だったのに……だから多分、森の中は暗いだろうなって、でも見上げると、眩しい何かがこちらを見下ろしていた。
…太陽。
周りの雲が、退いてる。
「さっきまで、あんなに曇ってたのに……」
小さなつぶやきのつもりが、如月さんには聴こえていたのか、
「ねっ、不思議な森だよね! この間も雨の時にこの森に入ったらね、どーしてだか空は晴れてて、濡れた制服がすっかり、乾いちゃったんだぁ」
……と、いうことは、一度や二度じゃなくて、もう何度も如月さんはここに来ているんだ。
それはそれで、やっぱり不思議な子だな。
こんな森に何度も来るなんて。
「………」
不意に、スキップをするかのように軽やかなステップを踏んで歩いていた如月さんの足が止まった。
後を付いていた私も、一歩離れたところで止まる。
「どうしたの…? 如月さん」
そのままピタリと立ち止まってしまったので声をかける。
すると、振り向いた彼女が人差し指を唇にあてた。
〝静かに〟って合図。
私が親指と人差し指の先をつけてOKサインを出すと、如月さんは耳に手をあてて再び前を見た。
「……?」
何か聴こえるの? 同じ動作はしないけど…私も静かに耳を澄ます。

ザワ…ザワ…

葉のさざめきしか、聴こえない。
あとは虫の声……。
「……」
特に、変な音とかそれらしき音は何もしないけど……首を傾げたところで、再び如月さんが振り向いた。
「聴こえたっ。行こう」
そう言って、私の手をとる。
聴こえた…って、そのファンタジー的な何かが聴こえる素敵な耳で、妖精の声でも聴いたのかしら?
桜の木のつもりが、とんでもない場所へ連れて行かれたらどうしよう。
如月さんには悪いけど…そんな不安も、多少感じてしまった。

でも、そんな心配は必要なかったみたい。
如月さんに手をひかれるまま歩いて行くと。
やがて広い空間に出た。
2つの木が交差するようにはえて、その下に人ひとり分通れる隙間があった。
穴からは眩しい光が射している。そこをくぐると…まるで別世界に来たかのような空間が目の前に広がった。
「!」
円を描くように周りの木々が囲う中。
天上は青空。
地上は芝生……という一見何もない場所に、大きな桜の木がぽつんとひとりで立っていた。
太い幹に長く伸びた太い枝…。
広がるピンクの花は満開だった。
時折吹く風に、桜の花びらが舞う。
見れば黄緑色の絨毯には、いくつもの桜の花びらが落ちていた。
「………」
ありえない。
常識的に考えて、夏に咲く桜なんて……。
この樹、樹齢は一体どれぐらいなんだろう?
たぶん、ひどく年をとりすぎて季節の変わり目についていけないのね。
…そんな話、聞いたこともないけど。
「(夏なのに…)」
カレンダーでも、そろそろあと2週間で8月になる。
ふと見上げた太陽は…、この季節にしては珍しく、春のような柔らかい光を地上に注いでいた。
…太陽までもおかしくなってる?
「…信じられない…」
「ねーっ。素敵なトコロでしょ!?」
木漏れ日の下、如月さんは木の幹に寄り掛かるようにして
芝生の上に腰をおろし、「うぅーん」と伸びをした。
……私の言葉は、おそらく彼女の耳には届いてない。
「今まで私一人しかココを知らなかったんだけど…。琴乃さんで二人目だよっ。今度はお兄ちゃんも入れて3人で来たいなぁ」
気持ちよさそうに目を閉じて如月さんは呟いた。
なんだか知らない間に仲間にされてるみたいだけど。
如月さん…もしかしなくても。
「お兄さんがいるんだ?」
「うんっ! すっごく優しいの!」
…お兄ちゃんっ子かな?
屈託なく笑う如月さんは本当にまだ無邪気な女の子みたいで。
同じ高校生ってこと忘れちゃう…この子顔幼いし小さいからなぁ。
他に近づいてくる人とは違って如月さんはなんか…許しちゃうんだよね。
「……」
「……」
「……」
「…如月さん?」
静かだと思ったら、どうやら眠ってしまったらしい。
もう…仕方ないなぁ。
見つめていると苦笑が出る。
…うん、如月さんはやっぱり嫌いにはなれない。
プラス、邪険にもできない。
上になにかかけてあげようか、と思ったけど私達の制服は夏服で上着なんかなくて……。
ま、この陽気なら大丈夫かな。