「槻沙―――槻沙!」
お弁当を食べて、おなかいっぱいのなか受ける午後の授業は、なんて退屈なんだろう。
窓際というのを特権に、見える外の景色を楽しんだ。
3階だから、景色はいい。
下のほうは見えないけど、たぶん。
花壇が見える。
今の季節、背高いヒマワリが咲いてる。
遠く。
森が見える。
ひたすら広がる森……。
森に囲まれた小高い丘の上に立つ、とかそんな学校じゃないから、晴れたらとんでもなく暑くなるんだけど。
今日みたいに曇りで風が吹く日は、暑くもなくて心地よい。
3階だから涼しい風が教室の中に入ってくるし。
眠気を感じて欠伸をしたところで、誰かに呼ばれた気がした。
「はい?」
声のほうを見ると、こちらを睨む先生の顔。
そしてそれまでの単調な声ではなく、はっきりとした声で、
「……槻沙さん。この問題、解いてくださるかしら?」
眠気のある生徒に、罰を与える先生と言えば必ずそうする。
どうせ、それまでの説明を聞いてないだろうと思っているから。
…正解。
聞いてない。
でも、それは面倒くさいとか、わからないとかじゃない。
この先生の平淡な授業が退屈すぎる。
ただ、それだけ。
「……」
口頭で言うのも面倒なので直接席を立ち、黒板に書く。
すると、横で先生が驚いたのか目を見開くのがわかった。
先生の思惑から外れてしまったのかも。
ここは素直に馬鹿な回答でも書くべきだった? ごめんね、先生。

「琴乃さん、ちょっといーい?」
放課後。
特に部活に入らず、中学からずっと帰宅部の私には、やっとのんびりできる時間。
今日はどこに行こうか。
買い物でもしようかな。
鞄を持ったところで、声がした。
振り向くと、クラスメート。
「…なに? 如月さん」
名前で呼びたくはないので、苗字で呼ぶ。
この子…如月さんは、なんで友達でもないのに、私のこと名前で呼ぶんだろう………。
「えへへっ。ちょっとでいいから、付き合ってほしい所があるの。ねっ…いいでしょ?」
「ええ。別にいいけど…」
「ありがとうっ」
男子ウケのいい甘い声を素で話す彼女は、とびきりの可愛い笑顔を私に向けた。
元気で明るい子。
ちょっと天然も混じる彼女は、きっと、さっき先生に同じ問題を問われたら、素直に「わかりません」と答えるだろう。
同じ高校生でも、私と彼女は全然違う。
入学した時から良い大学に入るために、推薦とろうと頑張ってきた私と、マイペースに学園生活を送る如月さん……。
『もう進路決まったんでしょ? 偉いわねぇ、槻沙さんは』
そんなこと言われても、別に嬉しくもなんともない。
小走りで私の前を駆ける中、時折振り向いては笑顔を見せる如月さんに、もしかしたら彼女みたいな生き方もあったのかもしれないと考えていた。
……いつもふとした時に思うんだけど、なんで私、いつもこんななんだろう。

私は基本的に、素直で可愛い子ではなく、小さい時からこのように冷めた性格だったので両親にもこれといって可愛がられた記憶はなかった。
そして、決まった友達もいたことがない。
みんな私を避けてる……と、いうか私のほうが避けてるのかな?
話し相手は、ときどきこうして友達の輪から外れて、私に話しかけてくる如月さんぐらいのもの。
「今日もすごかったねーっ。あの羽生先生に勝てる生徒なんて、琴乃さんしかいないよ」
「それは…ありがとう」
そんなことないって答えると、「やっぱり頭のいい人は違うから」なんて、そんな風に相手に返される。
今まで他の生徒と話していて、そんなケースが多かった。
謙遜なんて言われる。
だから素直にお礼を言った方がいい。
如月さんに対しては、
そんな話し方をしたことはないから、どんな反応するかわからないけど。
難しい問題がわかるようになるために努力はしたけど、そのせいで優等生と言われてしまうなんて……。
「如月さん…どこまで行くの?」
それにしても、相変わらず先を行く如月さんは、いつになったら止まるんだろう。
「んーすぐそこ」
人差し指を唇にあてて、何か考えているのかそのままのポーズで先を進もうとした――――教室の窓から見た、あの森。
気づいたら、あの森が、今、私たちの前に広がっている。
多くの木々が生い茂っているせいか、昼間でもその森の暗さは一目瞭然。
そんな中に如月さんは入ろうとするので、慌ててその腕を引っ張った。
「待っ―――待って、なんで森に入るの?」
いくらなんでも、女2人が森の中に入るなんて。
ここ、自殺者が多いって聞くし、地元の人でもあまり入らないのに……。
「えー? だって、この中にあるの。すごく大きな桜の木……ソレ、琴乃さんに見せたくて」
「桜?」
森の中からは、蝉の声しか聴こえない。
夏に……桜の木?
私が難しい言葉ばかりが並ぶ、古典を読書に選ぶとしたら、夢見がちな如月さんはおそらくファンタジーものか恋愛もの、もしくは両方を選ぶだろう。
まさか高校生にもなって妖精とかを信じたりする子なのか、如月さんは。
だから簡単に、季節外れの花を咲かせるその木も口にするのかもしれない。
私が怪訝な顔をしたせいか、如月さんは頬を膨らました。
「うー、もしかして琴乃さんも嫌? ユッコもアキもねぇー、誰も一緒に行ってくれないの! だから誰も信じてくれる人がいなくてー……ほんとなのに」
だから私を証人に選んだの? 私が言ったことで、はたして皆が信じるかはわからないのに。
勉強のしすぎで頭がオカシくなったなんて言われるかも。
「……」
「……」
「…わかった、いいわよ」
少し考えて、それもちょっと面白いかもしれないと思った。
すると私の声に、すぐにパッと、暗く沈んでいた如月さんの顔が明るくなり、
「行こう」
右手を差し出してきた。
「うん」
私はその手を握り返し、私達2人は一見不気味な、その森へ足を踏み入れた。