「(……なんて、)」
心中で独り言をつぶやいて。
何度目かの溜息を吐いた。
どうにもならないってこと、わかってる。
でも…
「なぁーに、あれ! 辛気臭い顔して!」
「一緒にご飯なんか食べたくないわねっ ったく」
地下の大食堂。
時間は皆バラバラだけど、重臣たちはみな、この場所で食べる。
12時だからか、人は多くて同じテーブルに座る人がいた。
私の目の前と両隣りは空席だけど。
それ以外は満席。
別に、嫌みを言われるのはなれてる…けど、今日は相手をする気にもなれない。
「……はぁ」
ただただ、溜息が止まらない。
「ヴァニラちゃん、どうしたんだい?」
優しい声音。
視界に、す、とチョコレートパフェが置かれる。
「ソレ(クロワッサン2つ)だけじゃ足りないだろ?」
チョコレートパフェは、私の好きなもの。
ここの食事はビュッフェだ。
色とりどりの料理から、とりたいものをとって食べる。
メニューは日によって、時間帯によって変わる。
私はチョコレートパフェが大好きだった。
市販のよりも甘すぎず、けれどとってもおいしいから。
お昼は自由だから、もちろん城下町に降りてレストランに入ってもいい。
でも、誰もそんなことしなかった。
ここの料理は最高にうまいから。
その、美味なる食事を作る偉大な厨房長……アードルフは、今日も逆立った黒髪で(それゆえか、コック帽をかぶってない)、さわやかなスマイルを浮かべながら私の隣に座った。
アードルフは、その大きな体同じく、誰にでもわけ隔てなく優しい。
私が孤独だった頃は、よく隣で一緒にご飯を食べてくれた。
今でも、落ち込んでたりするとさりげなく横に座ってくれる。
「今日はいつになく暗いけど。どうかした?」
「……あ、な、なんでもない…」
不自然な受け答え。
でも、アードルフの顔を見ると、彼は柔らかく微笑んでくれた。
「言いたくないって訳か。了解。んじゃ、俺もこれ以上聞かない」
その優しさに、ひそかに惹かれる人も多いらしく。
確かに料理はうまいし、こんな旦那さんいたらいいだろーな……。
幸運か、アードルフは未だに独身だし。
「………」
「………」
「………」
…あ、どうしようかな。
「……アードルフ、は、ずっとここで働いてくの?」
声が震える。
明後日…から、リディア様はいなくなる。
みんな、どうするのか……な。
考えると、こわくなる。
「おかしな質問だな。俺はずっと、ここで料理を作っていくつもりだけど。それとも何? もう俺の料理、食いたくなくなったとか?」
そうなると少しさみしいなと眉を下げる彼に、首を振る。
そうじゃない。
そうじゃないよ。
口の中のクロワッサンが、急に味気がなくなって。
呑み込んで、皿の上の、残り半分を、口の中に入れた。
「…お、おい?」
まるで小動物みたいに頬をいっぱいに膨らませて。
明らかにおかしい私に、アードルフの声がかかる。
私はろくに噛まずに、口の中のクロワッサンを無理やり呑み込み、
「わ…私、辞めようかと、思って」
「え?」
アードルフの声に、心中の冷静な私が(きゃーっ何言ってんの!)と騒ぎだす。
大丈夫、リディア様のことは話題に出さないよ。
「……り…リディア様が、もし、もしも、いなくなったら。私、」
そこで言葉を切って、あとは口の中だけで再度続けた。
冗談にしてもこんなバカなことを繰り返すなんて、呆れられたかもしれない。
「リディア様が?」
言って、きょとんとした顔をした後。
あははとアードルフは笑いだし、
「何言ってんだ、そんなことある訳ないだろ!」
決まり切ったアードルフの詞に、胸がズキンと痛む。
「…わ、かってます…でも、いつも、不安で」
「お前は本当に心配性だな。大丈夫だよ」
泣きそうになる。
「…はい。」
ああ……話すんじゃなかった。
アードルフの声が、今は、優しすぎて、辛い。
パフェを掴んで、引き寄せて。
俯いて食べた。
がっついて食べた。
隣で「おっおいおい、本当に今日お前…大丈夫か?」と、そんな声がしたけど、構わずに。
ただがむしゃらに食べた。
下を向いたのは涙を我慢するため。
止まらなかった。
止まる術がなかった。
ぽたぽたとこぼれおちた雫。
そのために、チョコレートと混ざって甘いはずのアイスが、少ししょっぱかった。
