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戦とは人の世の中に必ず存在するもので、愚かな人間はそれでしか自分の力を証明できない……憐れだ。
どういう偶然か、その惨劇に迷い込んでしまったことが一度だけあった。
夢か現実かはわからない。
ただひどく空腹だったのを覚えてる。
初めは物乞いをするつもりだったのかもしれない…だが少しの興味もそこにあった。
戦とはどういうもので、どういうことを意味するのか。
多分あの時は、おそらく自分はまだ子供。
「あんな小部隊に手間をかけるとはっ……、あいつらは一体、何をやっておる!?」
「し、しかし大佐。敵軍の中央にはネイルの…」
「化け物がおると!? ふんっ、笑わせてくれるわ! 第3部隊を呼べ!!」
守るべきものがあるのなら、戦うことはやむを得ないと父は言っていた。
国の為に、他国を滅ぼす父に母は悲しんだ。
誰かを傷つけてまで、国を守るなんてそんなものは王じゃないと。
人を殺してまで、そこまでして王でいたいかと。
『あなたは変わってしまったわ』
涙する母を見ても戦をやめない父に同じく、自分も大人になったら多分父のような人間になるのだと、泣く母をただ黙って眺めた。
それは母が求めた行動ではなかったけど、たぶん「母さん」とか言って抱き着いてほしかったに違いないけど、その時の自分の行動は父と同じだった。
「………」
迷い込むというよりも、自ら入り込んだのかもしれない。
野営用のテントの物影から、そっと2人のやり取りを見る。
父はあの人とは違い、戦場ではなくもっと別の、安全なところから指揮を送るらしいが。
……なんか父よりもこの人の方が。
ずっと軍人っぽいや。
赤い軍服に身を包み、ハタキに似た道具…采配を乱暴に振る男。
男の傍にはどこからか、太い大砲が用意されたけどそんなものじゃアテにならん、とこうなれば自分も参戦すると男は叫んでいたが、隣でぺこぺこ、頭を下げるだけの部下はそう思っていないようで。
「ここも時期に……。どうかそうなる前に、大佐、お逃げ下さ」
言葉の途中で、男の言葉が不自然に途切れ。
一瞬だった。
何が起きたかわからなかった。
ちょうど、男の背中がこちらからは見える。
妙だと思ったのが、後頭部、髪の間から切っ先が覗いていること。
切っ先は赤く染まっている、違和感に気付く前に、そこから血飛沫が噴き出した。
なんて量だ。
あんなに流せるのか。
「……わざわざ、自ら敗北を誓うことはあるまい。…失うには少々…惜しい命だったが、な」
ちょっと前まで、まるで子供のように「わしも行くのじゃあ!」とダダをこねていた男が、素早く腰の柄から銀色に光る刃を抜き出し、部下を殺した。
周囲の人間も、男の変わりぶりにただ俯くばかり。
ドサリ、と死体が仰向けに倒れる。
開いた口の上に剣の柄が見えることから、おそらく刃は口の中。
貫通させたということか。
男は嫌な顔をしながら剣の柄を掴み引き抜く。
「………ウ――――ッ」
一連の光景を見ていて平常でいられる訳がない。
胃の中から何かが込み上げて来て、地面を見た。
……戦とは人が死ぬもの。
多かれすくなかれ、犠牲はつきもの。
今は子供だからと理由がつけられるけど、もしこれが大人になってもこんな風なら。
いちいち人の死に嘔吐している王になんか、…誰が就く?
母が涙を流す姿を見ても、冷静だった。
だからこんなことで、いちいちビックリしていては…。
「…?」
何かが込み上げて来ても、何も飲まず食わずじゃ出てくるわけもなく。
と、いうか吐きだすなんてもってのほか。
なんとか耐えていると、背後で何かの気配を感じた。
「!!」
振り向いたと同時に、喉元へ。
四方八方から向かれる、細長い銀の刃。
ドクンと自分の心臓の鼓動がひときわ強く鳴り響いたのが聴こえた。
額にうっすらと汗が浮かんだ。
最初は、向けられるそれを本物かと見つめて。
それからやっぱり本物だと、すると見るところは一つしかなくて、一体誰に向けられたのかと、
「…っ…」
あのタイサとかいう人の部下かと思った。
でも軍服の色が違う。
赤とは対照的の色、青い軍服。
それに剣も違う……と、思う。
間近に確認してはいないからわからないが。
「……ど、どうも」
一先ず笑顔が第一印象には大事だろう。
そう思って、頭をかきつつ、ひきつりながらも笑顔を見せると、
「!!!」
カチャリという音と共に、それらの刃の距離が近づいた。
内心、恐怖で心中はずっと父の名を呼んでいたが、
「は、初めまして……あの、ボク、ここよりずっと北の……」
「なぜここに子供が?」
ぼそぼそと、小さい声でしか言えなかったが、聴こえているのかいないのか、
「先住民の生き残りとかではないな。こんな荒野に人の村などなかった」
「それは皆が分かっていること。このガキは…」
兵士たちは勝手に会話を始めた。
「オクトのロペス大佐にはもちろん、家族がいると聞いた話はない。もちろん我が軍にも……」
「だとすると、見学者か何かか? 目障りなガキだ……もしも親がどこかにいるなら一緒に片づけちまうか」
その言葉に背筋が凍るのを感じた。
かた、づける? つまり処分……される? 親はいないけど…いや、だからこそ。
自分ひとりだからこそ。
なおさら、怖い。
「っ」
兵士たちの鋭い眼光。
突きつけられる刃。
笑いがひきつり笑いどころじゃなくなった。
寧ろ笑えない。
彼らの目は本物だ。
思えば人生短かったが、多分自分は、ここで死
「―――待て」
目を閉じることさえ、恐怖で忘れていたが、その声に兵士の持つ剣の先が一斉に天を向いたことに、ほっとした。
「……目指すものがすぐそこにあるのに、子供一人に構うことはない。ここは私がやるから、お前達は先を行け」
だがその言葉に、消えかけた恐怖が戻ってきた。
こちらを振り返りつつ離れて行った兵士の間から現れた、一人の男。
青い軍服に身を包んでいた。
しかし他の…今の兵士達と違うのは、首から提げられている勲章。
階級によって身につける勲章が違うのは知ってた。
小さな部隊を仕切る隊長がつけるのは胸につける銀色の勲章。
…と、いうより、戦とかでもお目にかけることができるのはせいぜい銅か銀の、胸に着ける勲章だ。
赤い軍服に身を包み、冷酷な眼で部下を殺したあの人も…胸元で銀色の勲章が光ってた。
首から提げる金色の勲章を持つ人に、出逢える機会はそうそうない。
王家を守る親衛騎士団。
もちろん並大抵の兵士が入れる訳もなく、生まれはもちろん貴族、そして能力も優れた者だけで構成されたその騎士団の連中でも、することはできないという。
寧ろ彼らの目指すものはそれ。
世界中の騎士という騎士、兵士という兵士が目指す最高位。
騎士十字勲章―――父の部隊には、碌な兵士がいなくて誰一人として、所持していなかった。
「………」
裏側には所属する国王の顔が彫られているという。
表側は、空軍か海軍か、…これまた属す軍によって違うらしいが…しかし歩み寄ってくる男の勲章には、ちらりとしか見えなかったが海でも空でもない。
見慣れない生き物の絵が描いてあった。
4本足の大型動物。
騎士十字勲章を得る者に殺される……なんて名誉なことだろう、いやいや、ここで死んでは。
「…あ…アナタは、誰ですか?」
相手が一人になったとはいえ、戦って勝てるわけもないことはわかってる。
せめて自分を殺す相手の名前ぐらい聞いておこうかと(そこになんの意味もないが)尋ねると、
「……空の旅は、好きか?」
全く正反対の事を、逆にこちらが聞かれて、
「へ?」
一瞬、ポカンと。
「……生まれは?」
「あ…北の方の、ナヴァタール山を越えた……」
なんだろう。
さっきとは明らかに違うフンイキ。
腰にさすツカから剣を抜く感じもなければ、頬笑みを向ける男から殺意は感じない。
もっと兵士とはピリピリしていて、こんなノンキな会話をするものじゃないと思っていたが。
もしかして優しく見せておいて、実は……という手法だろうか。
…どちらにしろ、悔しい事が一つある。
「―――そうか。では、送ろう。いつまでもこのような血腥いところに居たくはないだろうからな」
こいつ、容姿もオーラも何もかもが、カッコイイ。
恐怖を感じた死さえ、なんだか本望になってきた。
別に手足が長くて、顔も整っている男は多いけれど。
でもそれ以上のものをこの男には感じた。
見た目も中身もすべて完璧な人間って初めて見た。
こいつ、国に戻ったらさぞ、いい生活してるんだろうなぁ……。
同じ男として。
大人でも、こういう大人になりたいものだ。
「…って、 え ?」
男の後ろ。
人では得ることのできない、大きな輪郭が出現した。
羽毛のない翼。
コウモリのような羽だ、とぼんやりと眺めて。
「――――!!!」
大きな二つの翼が、男の姿を隠した…と思ったら、翼の中から現れたのは。
「うっ・・うわああぁぁあぁ!!」
大きな図体。
確認しないでもわかったので、急いで顔を逸らした。
『神殺の日』で死ななかった生物の生き残り。
聖書で読んだから知ってる。
人間を恨んでいるのだと。
憎んでいるのだと。
だから彼らの姿は、真の姿ではなく、それはまるで、人の間に生まれた混血ドラゴンのような、憐れな醜い、
『乗れ』
一瞬の強い風が、髪を浚ったと同時に頭の中に響いた声。
はっきりと、空気中を伝わり音として聴こえたものとは違ったが、男の声そのものだった。
「――え……?」
混血率いる〝ニセモノ〟は空を飛べないという。
乗れ、ということは地上を物凄いスピードで走る一族だったりするのか。
おそるおそる顔を覆っていた両手を解き、見る。
鈍い金色の、巨大な胴体。
鋭い爪と牙。
人の時は、黒髪黒眼だったのに、今はその眼が炎のように赤かった。
聖書に書かれたものとは明らかに違ったが、自分が想像していたものとも違った。
前足は存在せず、翼……?
あれだ、ワイバーン?
恐怖はいつのまにやら消えていて、逆に興味が湧いて、コウモリのような翼にそっと手を伸ばすと、
『他の仲間には、お前が思うように4つの足が存在する。……私は、飛ぶ方を優先した』
目が細くなった、…笑ったのだろうか?
しかし背中に翼か、前足に翼か、じゃ…見た目的には背中にあった方が楽そうだが……。
「―――?」
そこまで思って、ふとあることに気づいた。
その時にはもう、だいぶ時間は経っていて、思えばなんで気にも留めなかったのかと、
「時間…止まってる…?」
自分と目の前のドラゴン(?)以外。
呟いた声も、吐きだした吐息も、そのまま空中でピタリと止まったような、そんな感覚。
理由は全くの不明だけど、……というか、たぶん今目の前にいる、この竜(ドラゴン)の仕業なのだろう。
周囲を見る。
左右。
剣で戦う、赤と青の兵士。
顔つきはどちらも苦しみに歪み、唇をきつく結び眉を寄せ。
勝負が決まっているところでは、決められた方は忍び寄る死の恐怖に囚われているような、決めた方は勝利に満ちた歓びを味わっているかのような、……人間じゃない顔つきで。
ぴったりそのままの動作で、止まっていた。
人も、馬も、剣が肉体を貫通した際の、血も。
液体のその動きさえ……。
後ろを振り返ると、青いかたまりの中央に、赤い軍服が見えた。
たぶん勝敗はもう決まったのだろう、…すぐそばの、互いを剣で突き合って、それぞれの血の滴を、空中でピタリと止めている2人の兵士を見て嘆息。
『! (時が――?)』
少年からすれば、ほんの小さな呟きのつもりだったが、ドラゴンの耳にはしっかり入ったらしく。
辺りに首を回し、赤い眼を瞠目した。
『(……影のあいつと同じことを……してしまったか)』
属しているモノは一応あるけれど。
しかし影や雷光、風のように・存在する物・に属さない分、使えるエネルギーは多種多様で……。
『………』
天を仰ぎ、…ウォォオーン…と咆哮したあとで、ドラゴンは頭を下にする。