優しく髪に触れていた手がリス子の手だと思うと、
思わずドギマギしてしまう。
「か、風邪なんかひかねーよ。子供じゃあるましい」

そんな気持ちを気づかれたくなくて、隠すようについイラついた声をだした。

「ゴメン、余計なお世話だったよね」
寂しげな声が聞こえて、振り向くと、リス子の姿は消えていた。

リス子が日本からパリにきたのはもちろん初めてで、
フランス語に戸惑いつつも、どうにか授業を受けている様子をみると、優しくしたくて、守ってやりたくてどうしようもない気持ちになる。

それなのに…
優しくすることがどうしてもできない。

「くそッ、俺は何やってんだよ…」
とガンガンとベンチをけり上げる。
「痛ぇ…」
けり上げたつま先がジンジンするばかりで、
気持ちは迷子のままむしゃくしゃしてどうしようもなかった。

もしも、リス子の側にいたのが桜織斗(おりと)だったら、
もっと優しく上手に彼女と付き合えていたはずで…。

仕事に飛び回る両親。
デザインのことにしか頭にない祖母。
優しくされたことがないから、
誰かに優しくすることなど考えもしなかった。