客室乗務員(英語のキャビンアテンダントの頭文字をとって通称CAという)は、例えば羽田を拠点とするならば、一日の勤務がそこで終わる様に業務形態が常なのだが、時として往路先で一泊する事がある。それを俗にスティと呼ぶ。翌日に復路の機材に乗り、業務が始まる場合や他の路線へと向かう時もある。
私はスティ先のホテルの最上階に位置するバーのカウンターに、一人で座っていた。
テーブルには、ノンアルコールの淡いブルーの液体が入るカクテルグラスが置かれている。新千歳での美貴の言動が気になり、制服のポケットからスマートフォンを取り出し、メール表示を示す画面をクリックする。ホテルに着いた時に彼女にメールを書き送っていた事に対し、返信がないのか? 着信メールの問い合わせの画面をクリックする。
羽田に勤務する航空管制官は業務を交代制で行っている。数名のチームと呼ばれるグループが幾つかあり、その中で管制官は飛行機の離発着のコントロール、いわば交通整理を行っている。羽田は国内線の他に国際線乗り入れもあるから、24時間体制(フルタイム)で多忙極まりない。肉体的にも精神的にもタフでなければならない。だから、彼女の様な勝ち気な性格だと務まる職場なのかもしれない。
そう、音楽大学時代は同じピアノ科を専攻する友人であり、ライバルでもあった。それが社会人になっても同じ空の舞台にいるのだ。
腐れ縁という言葉が似合うのかは分からない。会えば勝ち気な言葉を投げ合う仲と同時に、気心知れた友人でもあるのは確かだ。
まだ勤務時間の真っ最中なのだろう、左手首に巻くジンのクロノグラフを見る。
黒の文字盤にオレンジ色の秒針が20:41を指し示している。着信メールがないという表示を横目に見ながら、私はカクテルグラスに映る自身の表情を見入っていた。