空港内のレストラン街にある喫茶店に、私は同僚の二木さやかとテーブル席に座ろうとしていた。11時(左斜め上)の方向に視線を移すと、ガラス張りのウィンドウが見える。側にあるカウンター席に、黒色で統一された制服に身を包む男性が座っていた。私はさやかにアイコンタクトを送ると、席に座る影に近付き左肩を片手で軽く叩いた。
「お兄ちゃん、久し振り!」
不意に肩を叩かれ、振り向く影。笑みを浮かべる私を見て、安堵の溜め息を吐きながら彼は声を発した。
「よぉ、久し振りだなぁ」
笑みを浮かべる彼のテーブルには、コパイ(副操縦士)の帽子と茶色に染まる液体が入ったカップが置かれている。
「フライトの最中?」 私の問い掛けに、彼は言葉を返す。
「これから777(トリプルセブン/米ボーイング社の旅客機)に乗って福岡までね」
「大変ね、でも好きな飛行機に四六時中乗れるから良いんじゃないの?」
「子供の頃からの夢を叶えた訳だから、弱音は吐けないけどね」
苦笑する彼を見て、私は声を発する。
「羨ましいなって思うわよ、夢を叶えるなんて滅多にできないから」
「まぁね、有り難いことだと思うよ」
溜め息混じりの声に、私は言葉を投げ掛ける。 「何かあったの?」
「いやねぇ、羽田をテイクオフ(離陸)する前にさ、管制官とドンパチやっちゃてね……」
天井を見上げながら彼は言葉を繋ぎ続ける。
「後で機長にメッチャクチャ叱られてさ」
微笑みながら、私は声を発した。
「いろいろとあるものね、でも珍しいわよね。お兄ちゃんが怒るって」 「指示の仕方がさ、怒ってる口調でね。ちょっとカチンときちゃった訳」
「人間だものね、誰にでも機嫌悪い時があるから」
「思わず「てめぇ! 名前を言えっ!」 って云ったら「私の指示に不満があるのなら操縦するなっ!」って」
唖然とする私を見て、彼は首を傾げながら声を発した。
「その後、しっかりと名前を云う位だから、まぁ相当の自信家なんだろうね」
「名前? 管制官の?」 「あぁ、確か? フジサキミキって云ったよな?」
「フジサキミキ? まさか?」
独り言の様に呟く私を見て、彼は言葉を返す。 「知ってるのか?」
「えっ、えぇまぁ……」
顔が引きつっている私を見て、彼は声を発する。
「彼女に会った時に、伝えといてくれるかな?」