空港の送迎デッキにて、一人佇む。何も考えず、何も思いを馳せず、ただ瞳に映るスクリーンを見つめる。
右手に持つ紙コップには、琥珀色の液体が入っている。それを片手で口元に運び、含み入れる。 熱くもなく冷たくもない紅茶の感触が心地よく口内を潤し、喉元を通り過ぎていく。
「ふぅ……」
安堵の溜め息を付くと、私は左耳に嵌めるイヤホンを左手で触り、制服のポケットに差し入れる無線受信機(レシーバー)のスイッチを入れた。 航空管制官の声が、流暢な英語で飛行機のパイロットに対し指示しているのを耳元で聞き入りながら、私は片手に持つ紙コップを口元に含んだ。
「エアーサンセット、離陸の許可をします……」
航空管制官の声をBGMに、私はボーディングブリッジ(飛行機と出発ロビーから搭乗口まで通す架橋)に横付けする青色のカラーに身を包む飛行機を見つめる。
「サンセットエアー、了解。只今より離陸します……」
パイロットが返答する声を日本語に置き換えながら、私は航空管制官の声が聞こえるだろう英語のフレーズを脳裏に浮かべていた。
「余裕があればグッディ! なんてパイロットに云うのかしら?」
独り言を呟く私の耳元に流暢な英語が響き込んでくる。
「グッディ!」
その声に返答するパイロットのそれと同時に、私も声を発する。
「グッディ!」
ゆっくりとしたスピードでボーディングブリッジを離れる飛行機を見ると、私は背後に映る航空管制塔(コントロールタワー)に瞳を移した。
鉄筋コンクリートの真上に薄暗いガラス張りで覆われる建物を見ながら、私は右手に持つ紙コップに口元に付ける。
「いい仕事してるわね、美貴……」
左手の指を握り拳に置き換えると、私はコントロールタワーの中に居る友人に向かって声を掛け続けた。
「グッドラック! 次は私が乗る機材をお願いするわね」
青色の制服に同じカラーのスカーフを首元に巻く私は、管制塔を見つめながら笑みを浮かべていた。